駄文・散文帳
2017年01月29日 (日) | 編集 |
【寄稿】「恐中」と「反日」がもたらした韓国外交の矛盾より
2017/01/22 朝鮮日報
金泰孝(キム・テヒョ)成均館大学教授(政治外交学科)

 13年2月に発足した朴槿恵(パク・クネ)政権の最初の3年間は、日本とは距離を置き、中国を一度信じてみようという「外交的実験」が行われた。試行錯誤の末に出した結論は、安保問題に関する限り中国は信じられず、日本との協力は緊要だというものだった。米国と日本は、歴史問題をめぐる韓日の葛藤が原因で韓国が中国の側についてしまうのではないかと懸念し、そうしたムードの中で中国の期待値は一段と高まった。中国が韓日のいざこざを面白がるレベルを超え、米国との同盟を弱体化させるよう韓国に露骨に要求し、圧力をかける状況にまで至った。これを中国だけのせいにすることはできず、戦略不在、国内分裂という韓国の責任は非常に大きい。

21世紀の韓米同盟は、中国、日本、ロシアを相手にする上で韓国の戦略的価値を極大化する「てこ」の役割を果たさねばならない。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時の「北東アジアのバランサー」論は、米国との関係を弱めても中国との関係を強化すれば安保上の利益でバランスが取れるという発想から生まれたものだ。今なお同じように考えている人々が主軸をなす共に民主党は、堅固な韓米同盟がなければ韓国が中国からどれほど大きな苦痛を受けるかということに、特に関心がないようだ。

 中国を必要以上に恐れ、日本を無条件で拒否する韓国人の普遍的な感情は、韓国外交戦略の定石にそぐわない。韓国政府は昨年末、南東部・釜山の日本総領事館前に旧日本軍の慰安婦被害者を象徴する少女像を設置するという市民団体の計画を知りながらも、国民の非難を恐れてこれを制止しなかった。日本が興奮して過敏に反応していると批判はしても、15年12月の慰安婦合意でソウル・日本大使館前の少女像の撤去(または移転)に向け努力すると約束された日本が、自国公館前に新たな少女像を置かれてどう感じるだろうかと指摘する人はいなかった。大衆迎合主義(ポピュリズム)に走る政治家たちは、世論の反日感情だけを信じ、効力もないことをがなり立てるばかりだ。中には、与党と野党が珍しく声を一つにしていると称賛するメディアさえある。安保だけでも韓国、米国、日本の3カ国が一貫して同じ姿勢を取っていれば、平壌と北京は決して今のように行動できないはずだ。

 きちんとした国家戦略もないまま、時流に迎合し、国民感情に便乗して権力を手にしようとする輩(やから)がのさばっている。
国の将来が心配だ。


韓国の大学教授にも冷静な分析をする人はいるようだ。やはり韓国が事実上の無政府状態にあり、日本大使館前や日本領事館前の慰安婦像設置や竹島問題・仏像問題などで日に日に日韓関係が悪化していく中で、国家全体が同じ方向に走り出していることに不安を感じる人が出てきてもおかしくはないが。

以下のような興味深い記事もあった。

【コラム】ナミビア人に笑われる「謝罪するドイツに日本は見習え」論より
血の涙は心の中で流すものだ

2017/01/22 朝鮮日報
世論読者部=金泰勲(キム・テフン)部長

 謝罪には心が込められていなければならない。最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)前代表は2015年の韓日慰安婦合意について11日「日本から公式の謝罪も受けていない」などと批判したが、これは「これまでの謝罪には心が込められていなかった」という意味だ。文氏は「そのような合意は無効」と断言した。

 心が込められた謝罪がそうでない謝罪よりも良いのは当然だ。個人の関係でも形だけの謝罪ならやらない方がよいこともある。しかし国と国の謝罪にも心を込めねばならないのだろうか。歴史的にみても国家間の謝罪は「正しいかそうでなかったか」という次元で行われるものではない。丙子胡乱(へいしこらん。1636-37年の清の朝鮮侵略)で敗れた朝鮮国王の仁祖は、南漢山城から出て三田渡(現在のソウル市松坡区)に行き、清の太宗(ホンタイジ)の前で3回拝み、9回ぬかずいた。いわゆる「三田渡の屈辱」だ。これは単に小国が大国の言うことを聞かなかったことが理由だったにすぎない。清の太宗も武力を前面に出して謝罪を求め、これを貫徹しただけであって、仁祖の謝罪に心が込められていたかなどに関心はなかった。

 日本がわれわれと慰安婦合意を行い「謝罪と反省」を表明したのもそうだ。日本による慰安婦関連のこれまでのさまざまな妄言と比べて、今回も心が込められていたかどうかは疑わしい。要するに韓国、米国、日本の協力体制強化を望む米国が間に入り、対立を解消しようとしたため、形を整えたにすぎないのだ。この「韓日関係正常化」という戦略的な意図で謝罪が行われ合意に至ったものに対し、これに「心が込められていない」などと文句を付けるのは、外交と倫理を混同したものと言わざるを得ない。

 謝罪に応じようとしない日本を非難するとき、われわれはドイツのことをよく引き合いに出す。「ドイツは何かあればナチスの蛮行を膝を突いて謝罪するのに、日本は謝罪しない」などとして日本を責める。しかしそのドイツも実際はいつでも謝罪に応じているわけではない。1970年2月、当時ドイツのブラント首相はワルシャワのユダヤ人慰霊碑の前で膝を突いたが、一方で旧植民地のナミビアには謝罪などしてこなかった。ドイツはナミビアで1904年からの4年間に7万5000人以上の住民を虐殺したが、その後100年以上謝罪どころが虐殺の事実も認めず、昨年やっと謝罪したのだ。ポーランドのように無視しにくい相手国とは共同の歴史教科書を作り、両国の若い世代に事実を伝えるとしているが、アフリカの小国にはこれとは異なった態度を示してきたのだ。ドイツは今月5日、ナミビアの部族長らから米国マンハッタンの地方裁判所に損害賠償を求めて訴えられた。そのためナミビア人の前で「ドイツを見習え」などと言えば笑いものになるだろう。

 国家間の謝罪とは本来そういうものだ。必要であればやるし、必要なければ謝罪すべきことも無視するのが普通だ。またわれわれが本当に満足できるような謝罪を受けるには、相手もそれだけの謝罪をする必要性を感じなければならない。
もしそれがかなわないなら、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の思いを抱きつつ何があってももっと堂々としていなければならない。昨年5月、オバマ大統領を国賓として迎えた日本とベトナムがそうだった。日本は2発の原爆を投下され、老若男女関係なく22万人が虐殺されたが、広島ではオバマ大統領を引き立てるため「謝罪は必要ないのでぜひ来てほしい」と呼び掛けた。ベトナムも中国が南シナ海の島々の領有権を主張している問題では完全に米国側だ。枯れ葉剤による死者など戦時中の被害についてベトナムは米国に正式な謝罪を求めているが、今回この問題には一言も触れなかった。

 われわれも戦略的なマインドで武装し、必ず達成すべき目標がある。それは北朝鮮の核兵器を廃棄し、大韓民国を守り統一を実現することだ。そのためには時に怒りや失望にも耐えなければならない。将来、その目標を果たせば、日本はわれわれをこれまでとは違った目で見るようになるだろう。


韓国紙の記事で、上のような主張を見ることは稀である。というより、「日本はドイツを見習え」という主張しか見たことがない。そういう意味で、上の記事は評価したい。

「ドイツを見習え」に関しては、2000年代後半からは朝日新聞でさえ「ドイツに見習え」論が掲載されることはほとんどない。ホロコーストは地球上からユダヤ人を抹殺しようとした国家犯罪であり、戦争ではない。日本はそんなことはしていない。戦争犯罪と比べるものではない。また、戦争犯罪を云々するなら、ベトナム戦争当時の民間人虐殺に対して謝罪と倍賞をしていない韓国が何を言っても説得力がない。

また、韓国人は自国をポーランドやフランスに例えるが、それは間違い。例えるならオーストリア。オーストリアはドイツに併合され、ドイツと共に第二次世界大戦を戦った。同様に朝鮮半島は日本に併合され、朝鮮人は大東亜戦争を日本と共に戦った。日本兵としてアジア解放のため戦った朝鮮人は24万人。オーストリアは、ナチス・ドイツとの過去の関係を国際社会に謝罪している。韓国は戦勝国でもないし、連合国の一員でもない。韓国はオーストリアを見習え、となる。

韓国併合に関しても、英ケンブリッジ大学の国際法学者J. クロフォード教授は「自分で生きていけない国について周辺の国が国際的秩序の観点からその国を取り込むということは当時よくあったことで、韓国併合条約は国際法上は不法なものではなかった」とし、また韓国側が不法論の根拠の一つにしている強制性の問題についても「強制されたから不法という議論は第一次世界大戦以降のもので、当時としては問題になるものではない」としている。

【コラム】「米国は韓国を見捨てるかもしれない」より抜粋(リンク切れ)
朝鮮日報  2006/10/31

セオドア・ルーズベルトは露日戦争当時、米国大統領を務めた(在任1901-09年)。露日戦争以後、韓国は日本の保護国となり、5年後には植民地へと転落した。米国はロシアの南下を牽制(けんせい)するために露日戦争で日本を支援したのに続き、1905年7月にはフィリピンにおける米国の権益を日本に承認させる代りに、日本の対韓政策を支援するという内容の「桂・タフト協約」を秘密裏に締結した。

 その十数年前、米国は西洋の列強として最初に韓国との修好通商条約(1882年)を締結していた。そして、雲山金鉱の採掘権や京仁鉄道の敷設権などを始めとする深い利害関係で結ばれていた。そのため当時の米国の対韓政策には日本の対韓政策を左右するほどの重みがあった。

韓米修好通商条約の第1条には、「第三国が条約国の一方に圧力を加えた場合、事態の通知を受けた他方の条約国が円満な解決のために調停を行う」という「調停条項」が明記されていた。韓国はこの条項をよりどころとみなし、米国が積極的で友好的に介入してくれることを期待した。そして高宗皇帝は宣教師のアーレンが公使として赴任すると「米国はわれわれにとって兄のような存在だ。われわれは貴国政府の善意を信じている」とすり寄った。

 こうした状況で米国大統領セオドア・ルーズベルトは周囲に次のような書簡を送っている。「わたしは日本が韓国を手に入れるところを見たい。日本はロシアに対する歯止めの役割を果たすことになり、これまでの態度を見ても日本にはそうなる資格がある」、 「韓国はこれまで自分を守るためにこぶしを振り上げることすらできていない。友情とは、ギブアンドテイクが成り立たなければならない。」

 ルーズベルト大統領と激論を繰り返し、韓国の独立維持を主張したアーレン公使も、最後には次のような言葉を発した。「韓国人に自治は不可能だ。米国政府が韓国の独立という虚構を日本に要求し続ければ大きな過ちを犯す」

 そして100年前、米国は徹底して韓国を見捨てた。100年後の今、ブッシュ大統領は韓国についてどう考えているのだろうか。


 

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