駄文・散文帳
2016年03月13日 (日) | 編集 |
ミミ

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「安心」とは何かより抜粋
2016年03月12日 池田信夫blog

ゆうべの「朝まで生テレビ」は震災5周年で、また原発の特集だったが、初歩的なリスクの概念を理解していない人がいまだに多い。小林よしのり氏が「原発のリスクは最大だ」というので、私が「それは1回の被害(ハザード)の最大値。リスクは被害×確率で考えるので、原発のリスクは石炭火力よりはるかに小さい」というと、ポカーンとしていた。

これは何度も見せたWHOによる発電量あたりの死亡率(人/TWh)という確率的なリスクである。原発による死亡事故は、過去50年間に1回だけだが、石炭火力は、毎年数十万人の死者を出している。WHOによれば、中国だけで毎年36万人が石炭で死んでいる。

社会全体が極端に危険回避的になり、飛行機が1機落ちたらすべての飛行機の運航を差し止めるに等しい大津地裁のような決定をすると、大きな経済的損失が出る。



「ゼロリスク」を求める裁判官より抜粋
2016年03月10日 池田信夫

きのう大津地裁は、高浜原発3、4号機の停止を命じる仮処分決定を出した。現実に運転している原発を止める決定は、日本で初めてだ。去年の福井地裁の差し止め決定はその後、本訴で取り消されたが、隣の滋賀県で差し止め決定が出るとなると、原発の正常化は容易ではない。

「よくわからないからリスクはゼロではない」という論理は、何にでも使えそうだ。たとえば

建物の安全性の挙証責任は建設会社にあり、リスクがゼロでない限り高層ビルは建設してはならない。
東日本大震災の原因究明は今なお道半ばであり、建築基準法が正しいかどうか不安である。
今の耐震基準で十分かどうか、建設会社の資料ではよくわからない。
したがって高層ビルのリスクはゼロではないので、建設してはならない。
こういう論理は、他にも使える。たとえば年間11万人死んでいるタバコのリスクは、原発よりはるかに大きいので、タバコも製造禁止だ。旅客機のリスクもゼロではないので、航空会社も運航禁止だ。

そういう判決が今まで出たことがないのは、建物にも旅客機にも安全基準があり、国土交通省が技術的に妥当と考えられる基準を設定しているからだ。原発についても同じだが、大津地裁は「リスクがわからない」ことを理由にして運転を差し止めた。

今回の決定では「原子力発電所による発電がいかに効率的であり、発電に要するコスト面では経済上優位であるとしても、それによる損害が具現化したときは必ずしも優位であるとはいえない」と書いている。

福島の賠償額は今のところ6兆円程度だが、原発で発電するエネルギーは、それをはるかに上回る。何度も書いているように、

 リスク=被害×確率


だが、マスコミで大きな見出しになるのは、被害が大きくて確率の低い大災害で、裁判官のような素人もそれに引っ張られる。今回の決定には、事故のリスク計算も「確率」も出てこない。事故から5年たっても、多くの人が「ゼロリスク信仰」から脱却できないのは困ったものだ。



このまま原発を止め続けると30兆円以上が失われる
2015年01月29日 池田信夫


共産党のイメージと言ったら、ポルポトとかスターリンとか毛沢東である。大虐殺した為政者たちだ。しかも、今の中国もそうだが、言論の自由がなく、貧富の格差が非情に大きい。平等を掲げる共産国が極度な格差社会とは皮肉だ。米紙が中国の温家宝首相(当時)一族や習近平国家副主席(当時)の資産を報じたことがあった。

いくら日本共産党がソ連や中国とは違うなどと言い訳しても、共産主義は自由主義・民主主義でないことは確かで、日本共産党も一党独裁政権を目指している。自分たちエリート集団が国を動かしていきたいという野望があるのだ。政治など分からない国民に選挙など要らないと思っている。国民を愚民扱いしている。

そんな共産党と手を組む民主党・・・地に落ちたか。

夏の参院選で共闘を確認した5野党の中核が、維新の党と合流する民主党と共産党である。

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保守速報より


さて、民主党政権下では色々な方面で国益が大きく損なわれたわけだが、その一つが原子力行政である。2011年5月、菅首相は記者会見を開いて「浜岡原子力発電所のすべての原子炉の運転停止を中部電力に対して要請をいたしました」と述べたことから、それは始まった。

被災者の地獄への道は村上春樹の善意で舗装されている
2015年04月11日 池田信夫blog

かつて私は村上春樹の小説の熱心なファンだったが、彼の社会的な発言は単なる平和ボケの団塊オヤジだ。いま話題になっている「原発NO!に疑問を持っています」という話でも、「交通事故で毎年5000人近くが亡くなっているのに、原発だけを取り上げてNO!というのはどうかと思う」という読者の質問に、村上はこう答える。

福島の原発(核発電所)の事故によって、故郷の地を立ち退かなくてはならなかった人々の数はおおよそ15万人です。桁が違います。[…]もしあなたのご家族が突然の政府の通達で「明日から家を捨ててよそに移ってください」と言われたらどうしますか? そのことを少し考えてみてください。原発(核発電所)を認めるか認めないかというのは、国家の基幹と人間性の尊厳に関わる包括的な問題なのです。

まず彼はここで毎年5000人の死者と15万人の避難者を混同している。福島事故の放射線による死者は、5000人どころか1人も出ていない。さらに15万人は「明日から家を捨ててよそに移ってください」と命令されて、そこにいるわけではない。政府は年間20mSv以下の地域は帰宅するよう勧告しているが、帰るに帰れないのだ。

なぜだろうか。それは村上のような人々が「被災地を除染して放射能を1mSvにしないと帰宅させてはいけない」と言い張っているからだ。そんなことを実現するには10兆円以上の予算が必要であり、それを条件にする限り、彼らは永遠に帰宅できない。

この原因は民主党政権が、福島を法律の適用できない例外状態にしてしまったからで、安倍政権も手が出せない。法治国家で例外状態をつくると、官僚の裁量をチェックするしくみがないので、歯止めがきかなくなるのだ。そして官僚は「世論」に迎合して問題を先送りする。その世論をつくっているのが、村上のような(主観的には)善意の人々だ。



 

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