駄文・散文帳
2016年01月26日 (火) | 編集 |

東大生はなぜデモに参加しないのかより
2016年01月24日 池田信夫

山口二郎氏のツイートがいまだに話題になっているので、なぜ東大生が60年安保や全共闘運動のときのように街頭デモをしなくなったのか、ちょっと考えてみた。

この問題についての短い答は、シールズの頭が悪いからである。安保法制が成立してから、絶対少数の野党がそれを廃止するなどという運動が成功する可能性はゼロであり、それを街頭で支援しても何の意味もない。そんな運動に参加するのは、頭が悪い証拠である。

もう一つの原因は、左翼の劣化だ。50年代の「全面講和」運動の指導者は、東大総長の南原繁だった。60年安保の主役になった全学連主流派の執行部の多くは東大の学生であり、彼らには「反スターリニズム」という理論があった(ほとんどの学生は理解していなかったが)。そこからのちの日本を指導する政治家や学者がたくさん出た。

しかし60年安保のときでさえ、街頭デモが政治を変える可能性はなかった。自民党は絶対多数であり、世論調査でも安保条約の改正に賛成が一貫して多数派だったのだ。全共闘運動に至っては、その議長だった山本義隆氏でさえ、その目的が何だったのかわからないが、大学の管理体制を問うという問題意識はあった。

今回のシールズは、赤旗が「特定秘密保護法に反対する学生たち(SASPL=サスプル)が活動のテーマを広げ、自由で民主的な日本をつくるための、学生による緊急アクション(SEALDs=シールズ)を立ち上げました」と書いているように民青の別働隊だから、「反安倍」とか「憲法を守れ」とかいう無内容なスローガンしかない。

東大生がこんな共産党の政治的宣伝に乗せられないのは当たり前だが、彼らが政治に無関心なわけではない。たとえば言論NPOがやった東大生100人のアンケートでは、「支持政党なし」が44%だが、9割の学生が「投票に行く」と答えている。

彼らが「政治にもっとも解決してもらいたい問題」としてあげているのは、憲法でも安保でもなく、上の図のように、少子高齢化や財政破綻で自分の世代に負担が先送りされることだ。これは正しい認識であり、デモで解決する問題ではない。問題は、こうした不安に応える政党が与野党ともに一つもないことだ。変わるべきなのは東大生ではなく、政治である。


日本の左翼の劣化に有権者は気づいている。事実に基づかない「レッテル貼り」や「反対のための反対」に陥り、「国家を敵視した反体制的価値観」が見え隠れするのである。だから支持されない。かつては安保法制に理解を示していた岡田代表も、いまや共産党との選挙協力に前向き。共産党と共闘する限り、共産主義の戦略に利用されて終わるであろう。

琴奨菊関の優勝に関して「10年ぶりの日本出身力士の優勝」という発言が物議をかもしている。確かにマスメディアが連呼しているので気にはなる。しかし、小林よしのり氏「10年ぶりの日本人力士の優勝、そりゃあやっぱり嬉しいよ。もう日本人は優勝できないかもと思っていたんだから。」と語る。そうなのだ、もう日本人力士は優勝できないかもしれないと、みんな思っていたので、素直に喜んでいるのだ。「10年ぶりの日本出身力士の優勝」と、ことさら言っているのではないと思うし、マスメディアがナショナリズムをあおっているとも思わない。そしてこの10年、相撲界を支えて盛り上げてきたモンゴル出身力士にも、みんなが感謝と声援を送っている。

さて、沖縄県宜野湾市長選で自民、公明両党が推薦した現職が当選した。安倍首相は「この勝利は大きいね」と述べたそうな。おめでとうございます。普天間飛行場の辺野古移設に対する姿勢が争点となったこの選挙は、安倍政権の支援を受け辺野古移設を否定しない佐喜真氏と、移設に反対で翁長雄志知事に支援された志村氏との一騎打ちの構図だった。

菅官房長官は辺野古の新基地建設に対する沖縄の民意について、「前から申しあげているが、『オール沖縄』との言葉は実態とかけ離れている。これで一目瞭然明らかになった」と述べた。翁長知事らが市長選で、辺野古移設反対を中心とした保革融合の「オール沖縄」と訴えていた。維新の党の松野代表は、移設反対派敗北でも「沖縄の民意が辺野古移設を認めたことを必ずしも意味しない」などと言っている。選挙結果を民意ではないとは! しかも松野氏は、「県外移設」を模索して迷走し結局「県内移設」を容認した民主党の鳩山政権で官房副長官だったわけで、その反省は全くない。

そもそも、普天間飛行場の移設作業が進む米軍キャンプ・シュワブに隣接する辺野古区は、条件付きで辺野古移設を容認している。翁長知事は国連人権理事会で「日本政府は民意を一顧だにしない」と述べたが、辺野古区の住民は「知事は区の民意を無視している」と反発する。

「基地反対」という茶番劇 - 『沖縄の不都合な真実』より
2015年01月20日 池田信夫

もともと辺野古移設は米軍の方針ではなく、1996年に橋本内閣が要望して実現した基地の縮小計画だ。これは基地反対の地元にとってはいいはずなのに、彼らはいろいろな理由をつけて20年近く引き延ばしてきた。すでに「北部振興費」として2000億円以上が辺野古の地元に前払いされ、引き延ばせば毎年、数百億円が地元に落ちるからだ。

といっても「補助金がほしいから移設を延期しろ」とは言えないので、地元の革新勢力は基地反対を叫び、保守陣営がそれを抑える見返りに本土から補助金を取る――という茶番劇が続いてきた。

反戦・平和を掲げる地元紙は、この茶番劇を盛り上げて補助金を引き出す体制の一環だ。こういう実情は本土のマスコミも知っているが、ネタの尽きた平和運動のシンボルとして沖縄を食い物にしている。それに乗せられるのが、大江健三郎氏などの無知な文化人だ。




沖縄県知事は「ゆすりの名人」なの?より
2014年12月29日 池田信夫

実は、沖縄県には辺野古移転を拒否する権利はありません。日米地位協定で、米軍は日本のどこにでも基地をつくれるので、日本政府も沖縄県もそれを断れないのです。



 

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