今日は終戦記念日。
良識を元に日本だけ「反省」して、「平和」を訴えても、
なかなか戦争はなくなりませんね。
現に日本の周辺は4国とも、一貫して反日的で好戦的。
核保有国がロシア・中国・北朝鮮と3国にもなりました。
中国と北朝鮮は、核ミサイルを日本に向けています。
日本は、拉致問題も幾つかの領土問題も解決できないでいますね。
朝日新聞が提案するように
「竹島」は韓国にあげちゃった方が良いのでしょうか?
先進諸国で集団的安全保障に依存していない国なんてありますか?
憲法の前文では、世界は「平和を愛する諸国」ばかりになっていますが、
現実には、そうではありませんね。備えあれば憂いなし。
自衛隊も米軍基地も要らない非武装の経済大国なんて危険です。
かえって侵略を許すことになり、戦争になりかねません。
無防備なら戦争にならないとは幻想ですね。
自分たちのイデオロギーに合った情報を都合のいいように報道していて、
合わない意見は抹殺、さらには他国と共同して(告げ口してまで)、
わざわざ外交問題を創出しながら外交姿勢を責め、自国を貶める・・・
そんなマスコミと政治家・有識者が存在する国は日本だけです。
日本人のほとんどの人々は、戦争がいかに悲惨なものか分かっています。
二度と戦争があってはならないと思っている、と感じます。
「戦争の出来る国」にしたいなんて思っていませんよね。
第二次世界大戦は、帝国主義の国同士の世界戦争でしたが、
反省しているからこそ、日本は世界で初めてで唯一、
国家としての「謝罪と賠償」を遂行してきました。
ほかの国々は反省してないのでしょうか?
日本人自身も悲惨な目に遭いました。よく知られていることは省きますが、
シンガポールのチャンギー刑務所で絞首刑になったB級戦犯とC級戦犯、
通州事件など中国人による日本人虐殺事件、ソ連軍による日本人暴虐、
など、私たちは戦争の悲惨さをもっともっと知るべきですね。
黒船来航の時から、日本は白人列強に侵略されることを恐れました。
強い為政者を求め、富国強兵が民意でした。
弱腰の為政者を、群集もマスコミも学者も罵倒すらしました。
戦争の責任を指導者らだけに押しつけるのは無責任ですね。
司馬遼太郎さんも、群集のパワーが日本の帝国主義をつくったと言います。
「何も偉い人が始めたのではなくて、群集が始めた」と。→「群衆のパワー」
また、当時の世界情勢も、一般に知られていないことが多いですね。
史実は全てそうですが、
今の時代感覚で先の大戦を見ることは出来ないと思います。
朝鮮日報の記事から、こんなことも知りました→「日韓併合の真実」
さて、安倍首相は、21日からのインド訪問中に
極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務めた故パール氏の長男と
会談することになったんですね。
東京裁判の判事で唯一の国際法学者インドのパール判事は、
日本が国際法に照らして無罪であることを終始主張し続けました。
日本が正しかったと言っているわけではありません。
勝者の連合国も、敗者の日本も、同罪だと言う判断で、
戦勝国が敗戦国の指導者を裁くことに疑問を提起、
判事の中で唯一被告人全員の無罪を主張しました。
日本が敗戦で呆然自失し、思想的にも文化的にも
日本人のアイデンティティーを失っていた時代に、
パール判事は日本人に勇気と希望を与えてくれました。
日本とインドは、アジアにおける二大民主主義国家ですね。
中国の温首相の訪日の際の演説は記憶に新しいものですが、
昨年12月14日に公賓として来日中だったインドの
マンモハン・シン首相の演説はどのテレビでも報道されませんでした。
中国共産党への配慮でしょうか?
シン首相の演説→こちらに
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良識を元に日本だけ「反省」して、「平和」を訴えても、
なかなか戦争はなくなりませんね。
現に日本の周辺は4国とも、一貫して反日的で好戦的。
核保有国がロシア・中国・北朝鮮と3国にもなりました。
中国と北朝鮮は、核ミサイルを日本に向けています。
日本は、拉致問題も幾つかの領土問題も解決できないでいますね。
朝日新聞が提案するように
「竹島」は韓国にあげちゃった方が良いのでしょうか?
先進諸国で集団的安全保障に依存していない国なんてありますか?
憲法の前文では、世界は「平和を愛する諸国」ばかりになっていますが、
現実には、そうではありませんね。備えあれば憂いなし。
自衛隊も米軍基地も要らない非武装の経済大国なんて危険です。
かえって侵略を許すことになり、戦争になりかねません。
無防備なら戦争にならないとは幻想ですね。
自分たちのイデオロギーに合った情報を都合のいいように報道していて、
合わない意見は抹殺、さらには他国と共同して(告げ口してまで)、
わざわざ外交問題を創出しながら外交姿勢を責め、自国を貶める・・・
そんなマスコミと政治家・有識者が存在する国は日本だけです。
日本人のほとんどの人々は、戦争がいかに悲惨なものか分かっています。
二度と戦争があってはならないと思っている、と感じます。
「戦争の出来る国」にしたいなんて思っていませんよね。
第二次世界大戦は、帝国主義の国同士の世界戦争でしたが、
反省しているからこそ、日本は世界で初めてで唯一、
国家としての「謝罪と賠償」を遂行してきました。
ほかの国々は反省してないのでしょうか?
日本人自身も悲惨な目に遭いました。よく知られていることは省きますが、
シンガポールのチャンギー刑務所で絞首刑になったB級戦犯とC級戦犯、
通州事件など中国人による日本人虐殺事件、ソ連軍による日本人暴虐、
など、私たちは戦争の悲惨さをもっともっと知るべきですね。
黒船来航の時から、日本は白人列強に侵略されることを恐れました。
強い為政者を求め、富国強兵が民意でした。
弱腰の為政者を、群集もマスコミも学者も罵倒すらしました。
戦争の責任を指導者らだけに押しつけるのは無責任ですね。
司馬遼太郎さんも、群集のパワーが日本の帝国主義をつくったと言います。
「何も偉い人が始めたのではなくて、群集が始めた」と。→「群衆のパワー」
また、当時の世界情勢も、一般に知られていないことが多いですね。
史実は全てそうですが、
今の時代感覚で先の大戦を見ることは出来ないと思います。
朝鮮日報の記事から、こんなことも知りました→「日韓併合の真実」
さて、安倍首相は、21日からのインド訪問中に
極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務めた故パール氏の長男と
会談することになったんですね。
東京裁判の判事で唯一の国際法学者インドのパール判事は、
日本が国際法に照らして無罪であることを終始主張し続けました。
日本が正しかったと言っているわけではありません。
勝者の連合国も、敗者の日本も、同罪だと言う判断で、
戦勝国が敗戦国の指導者を裁くことに疑問を提起、
判事の中で唯一被告人全員の無罪を主張しました。
パール博士来日講演記録
「わたしは1928年から45年までの18年間(東京裁判の審議期間)の歴史を2年8カ月かかって調べた。各方面の貴重な資料を集めて研究した。この中にはおそらく日本人の知らなかった問題もある。それをわたくしは判決文の中に綴った。 このわたくしの歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。 そして自分らの子弟に『日本は国際犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ』と教えている。満州事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟が歪められた罪悪感を背負って卑屈・退廃に流されてゆくのを、私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の欺瞞を払拭せよ。誤られた歴史は書き換えられねばならない。」
日本が敗戦で呆然自失し、思想的にも文化的にも
日本人のアイデンティティーを失っていた時代に、
パール判事は日本人に勇気と希望を与えてくれました。
日本とインドは、アジアにおける二大民主主義国家ですね。
中国の温首相の訪日の際の演説は記憶に新しいものですが、
昨年12月14日に公賓として来日中だったインドの
マンモハン・シン首相の演説はどのテレビでも報道されませんでした。
中国共産党への配慮でしょうか?
シン首相の演説→こちらに
原爆の広島 http://www6.plala.or.jp/mwmw/kotoba.html
パール博士は、広島の爆心地本川小学校講堂で開かれた世界連邦アジア会議にゲストとして参加された。この会議は独立したばかりの新興アジア諸国の指導者を交えた14カ国、45名の代表と千余名の世連主義者によって構成された。壇上には連邦旗を中心に左右に「人類共栄」「戦争絶滅」のスローガンをかかげ、馬蹄形の議事場には14カ国の代表と正面に下中大会委員長、特別来賓のパール博士と英国のボイド・オア卿(ノーベル平和賞受賞者)が着席した。
博士は45分間にわたる特別講演をおこなった。この講演は、アジア会議の性格を規定する重大な意義をもつものとして注目された。
「人種問題、民族問題が未解決である間は、世界連邦は空念仏である。」と前提して博士はこう述べられた。
「広島、長崎に投下された原爆の口実は何であったか。日本は投下される何の理由があったか。当時すでに日本はソ連を通じて降伏の意思表示していたではないか。それにもかかわらず、この残虐な爆弾を《実験》として広島に投下した。同じ白人同士のドイツにではなくて日本にである。そこに人種的偏見はなかったか。しかもこの惨劇については、いまだ彼らの口から懺悔の言葉を聞いていない。彼らの手はまだ清められていない。こんな状態でどうして彼らと平和を語ることができるか。」
白人代表を目の前にしての痛烈な民族・人種問題についてのこの講演は、会議の性格を一変したといっていい。
この博士の講演に引き続き無残にも悪魔のツメアトも生々しい4名の原爆乙女が壇上に立った。ケロイドで引きつった顔に黒眼鏡をかけた佐古美智子さん(当時20才)が、
「わたしたちは、過去7年の間原爆症のために苦しんできましたが、おそらくこの十字架はなほ長く続くと思われます。しかし、わたしたちは誰をも恨み、憎んではいません。ただ、わたしたちの率直な願いは、再びこんな悲劇が世界の何処にも起こらないようにということです・・・。」
と、涙にふるえながらメッセージを読みあげれば、会場は感動のルツボと化し、嵐のような拍手が鳴りやまなかった。感極まった比島代表のアンヘルス氏が原爆犠牲者に一分の黙祷を提案した。一同起立して、黙祷を捧げた。米代表のマックローリン夫人が「わたしはアメリカ人としてこの原爆に責任を感じています。この悲劇がふたたび起こらないよう生涯を通して原爆阻止運動に献身します。」と誓いの言葉を述べた。そして乙女たちの一人一人を抱いて頬に感激のキスをおくった。博士によればこれこそアメリカ人にして《原爆の懺悔》をした最初の人であった。
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2007/08/15(水) | 歴史 | トラックバック(0) | コメント(10)



