駄文・散文帳
2015年11月17日 (火) | 編集 |

「パリ同時テロ」ともう一人の主人公より抜粋
2015年11月16日 長谷川 良

メルケル独首相は14日、パリで前日発生したテロ事件(現段階129人死亡、負傷者352人)について声明を発表し、パリ同時テロに対して厳しく批判する一方、その犠牲となったフランス国民へ連帯を明らかにし、「如何なる支援も惜しまない」と語った。

メルケル首相の声明を聞いていると、同首相が今回のテロ事件でかなり大きなショックを受けたことが直ぐに感じられた。声だけではなく、表情も硬かった。ひょっとしたら、メルケル首相は自身の責任を感じていたのではないか。すなわち、シリア難民の受け入れを表明したことで、中東からテロリストを欧州に輸入してしまったのではないか、という苦い思いだ。

ある政治学者は、「大量の移民は武器となる」と語っているほどだ。

パリ同時テロ直後、ポーランドから「わが国は今後、難民の受入れを拒む」というニュースが流れた。ワルシャワの決定は、決して唐突なものではない。パリ同時テロ事件から教訓を引き出した結果だろう。

死者132人、負傷者349人にも上ったパリの同時多発テロ。フランスのオランド大統領は今回のテロを「戦争行為」と指弾し、報復を行う構え。折しも、トルコでは、15日からG20首脳会合が開幕。国際社会は無差別テロへの断固たる措置を支持する流れ。世界がフランスに味方する。

今後は米英仏を中心とするNATO軍の動きが注目されます。シリアの内戦終結に向けた外交努力より先に、ISの掃討(NATO軍による空爆)が優先されそうです。

それにしても「ジハード(聖戦)」と呼ぶ自爆テロは怖い。自爆テロで使用した、高性能爆薬「TATP(トリアセトントリパーオキサイド)」は比較的に合成しすく、作製に使われる材料がありふれているため、「検知しにくい」性質を持ち、熱や衝撃などに敏感で、揮発性が高く、「魔王の母」との呼称を持つという。

これはニューヨークで起きた911もそうだったように、宗教戦争でもある。また、難民を受け入れた欧州のリスクでもある。

テロについて東アジアは鈍感です。しかも日本・中国・韓国の関係は悪化している。欧米のようにテロで協力し合う仲ではない。

日本軍の最大の罪 『毛沢東』
2015年11月15日 池田信夫

中韓との歴史論争は、80年代以降の現象である。韓国では全斗煥、中国では江沢民が初めて「歴史問題」を外交の場に持ち出した。特に重要なのは後者である。江沢民の父は汪兆銘政権(日本の傀儡政権)の幹部であり、それを隠すために「反日」の姿勢を強調したのだ。

毛沢東は、日本に対して歴史問題を持ち出さなかった。なぜなら彼も汪兆銘の協力者だったからだ。
彼は日本を恨むどころか、戦後に何度も「日本軍が国民党を倒したことに感謝する。日本軍がいなかったら、われわれは政権を取れなかった」と公言している。

毛沢東の主要な敵は蒋介石であり、彼を倒して政権を取るために日本と協力し、国民党軍の内部情報を日本軍に通報した。その拠点になったのが、北京にあった「岩井公館」で、毛沢東の指令で岩井と連絡を取っていたスパイが潘漢年だった。

毛沢東はソ連の支援を受けていたが、中共軍は貧弱で、国民党との内戦で劣勢だった。しかし国民党の内部情報を得ていた毛沢東は、張学良を使って1936年に西安事件で「国共合作」させた。このとき毛沢東は「日本軍に対して団結する」と宣伝し、中共軍は全滅をまぬがれたのだ。

翌年から始まった日中戦争では、国民党軍が南京や重慶で消耗戦を強いられていたとき、毛沢東は延安に逃げ、汪兆銘を通じて日本軍と蒋介石を倒す交渉をしていた。中共のスパイが、国民党の軍事拠点の位置や作戦計画を日本軍に通報した記録が残っている。

だから毛沢東は「南京大虐殺」に一度も言及したことはない。敗戦で日本軍が投降すると、その装備を奪って国民党軍と戦い、蒋介石を台湾に追放した。そして対日工作を行なったスパイをすべて抹殺・投獄し、口を封じた。

毛沢東は日本軍と戦って勝ったとは思っていないので、日本に賠償も求めなかった。9月3日の「抗日戦争勝利記念日」を盛大に祝ったのは、習近平が初めてだ。日本軍の最大の罪は、国共内戦で(結果的に)共産党を支援して毛沢東に政権を取らせたことであり、それは今も世界情勢に大きな影響を与えている。



【社説】市民幸福権奪う後進的デモ、いつまで耐えなくてはならないのか=韓国
2015年11月15日 中央日報

週末のソウル都心は一言で「苦痛」だった。きのうソウル広場・光化門(クァンファムン)広場など市内中心部で夜遅くまで開かれた大規模集会で市民は深刻な交通混雑と騒音に苦しめられた。

デモは全国民主労働組合総連盟、全国農民会総連盟、全国教職員労働組合など53の労働・社会団体で構成された民衆総決起闘争本部が主導した。参加人数は警察推定6万4000人余りで主に進歩性向団体だ。彼らは労働改革撤廃と歴史教科書国定化反対、コメ価格暴落阻止、非正規職生存権保護などを要求した。全教組の教師は教え子が論述を行う日に街頭に出て大声で叫んだ。一部は幼い子どもまで連れてきた。いったい子どもたちに何を見せようというのか。

光化門交差点一帯は乱場だった。道路を占領したデモ隊は「ひっくり返そう、社会を!」「処刑せよ、朴槿恵!」のような激しいスローガンを叫び一時青瓦台(チョンワデ、大統領府)方向に行進を試みた。警察は車で壁を作り、放水で阻止し、この過程で重傷者も発生した。あちこちに酒のビンとごみが散乱し首都の顔を恥ずかしくした。

ソウル都心の週末デモ・集会が日常化されて久しい。「集会とデモに関する法律」では事前申告だけすればほとんどが合法と認められる。デモを専門とする人たちまで登場するほどだ。きのう1日で申告された集会だけでも25件、行進は13件だった。ソウル広場では今年だけで200件を超える行事が開かれた。ソウル市が昼間は1時間当たり13万2070ウォン、夜間は17万1691ウォンの使用料を取っているのに予約があふれるほどだ。市民の広場が週末デモ隊の居間になったのだ。

 いくら名分と目的が妥当でも市民の日常と幸福追及権を侵害する権利まで付与したものではない。それでもデモ隊は市民の不便は眼中になく一方的な集団意見表出にばかり過激だ。

さらに重要なのはデモ・集会文化の先進化だ。国民所得3万ドルを前にしていまでも韓国は依然として5000ドルだった1980年代の後進的スタイルを抜け出せずにいる。市民に不便を及ぼす道路占領と拡声器使用、物理的衝突のような旧態をいまや捨てるべきだ。「馬の耳に念仏」式の反応を続けるならば市民の生活圏と幸福追及権を保障できる強力な制度的装置の確保を急がなければならない。平穏な週末が先進都市の表象だ。


 

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