駄文・散文帳
2015年09月28日 (月) | 編集 |

【寄稿】韓国が日本を無視しても構わない理由
2015/09/27  朝鮮日報

南柾旭教授の明朗笑説
日本人が乱発する「スミマセン」は美徳ではなく病気
韓国より低劣な文化だった日本の「場違いな振る舞い」
日本は韓国の文化水準を見抜けなかった点にこそ謝罪を


 全世界で日本を堂々と無視する国は韓国しかないという。客観的な指標だけを見れば「実にばかげたことをしている」と言われても仕方がないだろう。ところが日本という国は、多少無視しても構わない。日本は最初から「帝国」になれるような国ではなかったのだ。そんな国がリーダーになろうとじだんだを踏んだために、東南アジアの多くの国々が迷惑を被ったのが20世紀半ばまでの東アジアの歴史だった。

 ある国が帝国になるためには、次の条件をクリアしなければならない。軍事力、経済力、文化力の三つだ。軍事力と経済力は、一人で努力して準備すればいい。しかし文化力は違う。周辺の国々がその国の文化をうらやましく思い、心からその国の一部になりたいと願ったときにこそ初めて帝国は誕生する。アテネがそうだったし、ローマがそうだったし、現在の米国がそうである。

 それでは、日本は東南アジアの多くの国々がうらやましがるほどの国だったのか。実は少しの間そうだった。開花期の韓国の知識人たちは、西洋文明で彩られた日本をモデルとして考えた。しかし、それは本当に短い間だった。当時の日本をじっくりと観察してみたところで、これこそ文化だと認めるに値するものが存在しなかった。さらには、日本は自分たちよりも植民地の水準の方が高いということを見抜けなかった。周辺の先進文化を抹殺するために、ありとあらゆることを行った。

 善なる循環が成立するためには、帝国が周辺の国々を包容しなければならない。しかし、日本はそうしなかった。自分たちは一等国民で、自分たちが占領した国々は二等国民と見なした。差別がなく、誰でも能力さえあれば最高の位置に上り詰めることができる国こそが帝国だ。

 ローマは、すぐ隣の山岳民族であるサムニウムと40年間にわたって戦争を行った。戦争で勝利した後、ローマはサムニウムを侮辱する代わりに市民権を与えた。終戦から20年後にオタリウス・クラススという人物が執政官に就任する。オタリウスはローマの貴族ではなく、サムニウムの農家の出身だ。開放と革新が帝国の基本条件というわけだ。

南柾旭(ナム・ジョングク)崇実大学文芸創作学科兼任教授


上の記事を書いた韓国の大学教授は、歪曲した歴史教育異常な反日教育に洗脳された韓国人の典型であり、韓国では大学教授ですら、この程度の人間が多い。教育とは恐ろしいものです。彼のような韓国人は井の中の蛙大海を知らずで、日本の真の文化を知らない。

米国の政治学者サミュエル・P・ハンティントン氏が1996年に著した国際政治学の著作「文明の衝突」のなかに、以下のような記述があります。

中華文明 - 紀元前15世紀頃に発生し、儒教に基づいた文明圏であり儒教文明とも呼ぶ。その中核を中国として、台湾、朝鮮、韓国、ベトナム、シンガポールから成る。経済成長と軍備の拡大、および国外在住の華人社会の影響力を含め、その勢力を拡大しつつある。
■ヒンドゥー文明 - 紀元前20世紀以降にインド亜大陸において発生したヒンドゥー教を基盤とする文明圏である。
■イスラム文明 - 7世紀から現れたイスラム教を基礎とする文明圏であり、その戦略的位置や人口増加の傾向、石油資源で影響力を拡大している。
日本文明 - 2世紀から5世紀において中華文明から派生して成立した文明圏であり、日本一国のみで成立する孤立文明。ただしエマニュエル・トッドは日本はドイツと似た文明を持っていると反論している。
■東方正教会文明 - 16世紀にビザンティン文明を母体として発生し、正教に立脚した文明圏である。
■西欧文明 - 8世紀に発生し、西方教会に依拠した文明圏である。19世紀から20世紀は世界の中心だったが、今後、中華、イスラム圏に対して守勢に立たされるため団結する必要がある。
■ラテンアメリカ文明 - 西欧文明と土着の文化が融合した文明、主にカトリックに根ざしている文明圏である。
■アフリカ文明 - アフリカ世界における多様な文化状況に配慮すれば、文明の存在は疑わしいものであるため、主要文明に分類できないかもしれない。
エチオピアやハイチはどの主要文明にも属さない孤立国である。モンゴル、チベット、タイ、ミャンマーなどは仏教文化として括られているが積極的な行為主体とは考えていない。

ハンティントン氏の分析は、歴史的には最低限でも主要文明は12個存在し、そのうち7つは現存せず、新たに2個または3個の文明が加わったと考えれば、現在の主要文明は7個または8個であるとしたのです。世界8大文明圏の1つとしての「日本文明」、日本一国のみで成立する「日本文明」。

韓国紙も、例えば東亜日報が以前「実情以下に日本を蔑むことを慎む時がきた」と書いていました。また、2008年には朝鮮日報が「『魅力』を売るクールな日本」という記事を書いています。そのなかで以下のように述べています。

日本文化に対しては、「倭色」として質の低いB級の扱いをする韓国人は経済を除いた残りの分野、すなわち日本の文化や生活様式・美意識・価値観などについては、評価を出し惜しみして低く見る傾向がある。しかし、韓国人が意識しない間に、日本は経済大国を脱皮し、「文化大国」に変身した。今、日本は世界で最も魅力的な国として通じている。


ま、韓国にもさまざまな識者がいるということで、オール反日で世界を見る目が曇ってしまっているわけではなさそうです。朝鮮日報も、上のような寄稿も掲載する一方で、以下のように日本を意識した記事が連日、にぎわっています。

事業再編で日本に後れ取る韓国、このままでは野垂れ死により抜粋
2015/09/28  朝鮮日報

各国政府は民間企業の事業再編を制度的に支援している。日本政府の「産業競争力強化法」が代表的な事例だ。企業投資の活性化と事業構造の改革支援を一気に進めることから、こうした法制を韓国では通称「ワンショット法」と呼ぶ。

 同法は日本企業の競争力強化を促した。韓国産業通商資源部が日本の事業再編事例を調べたところ、日本はワンショット法で生産性を高め、雇用創出などの効果を生み出した。本紙が産業通商資源部と共同で2003年から13年までにワンショット法で恩恵を受けた企業488社を分析した結果、170社が新規採用を行い、7万71人を採用したことが分かった。日本政府に成果報告書を提出した212社を平均すると、自己資本利益率(ROE)は37ポイント上昇した。韓国経済研究員のペ・サングン副院長は「ワンショット法がなければ、ソニーがパソコン部門など競争力を失った事業部門を迅速に処分するのは難しかったはずだ。日本のワンショット法は雇用維持と競争力強化という一石二鳥の効果を上げた」と指摘した。



「中国に追い越される寸前」ソウル大教授らが韓国産業界に警鐘より抜粋
2015/09/28  朝鮮日報

「先進国が100年かけて得た技術、中国は10年で10倍の経験を積み猛追」
「韓国は先進国の技術を模倣するのは得意でも、新たな概念を設計するスキルは不足」

 仁川・松島と仁川国際空港がある永宗島をつなぐ全長21.38キロの仁川大橋は、韓国で最長の橋であると同時に世界で6番目に長い橋として2009年に完成した。建設当局と施工会社は当時「韓国建設業の底力を世界に知らしめた快挙」と自画自賛した。だが専門家らは「韓国製なのは見掛けだけ」と打ち明ける。独自技術が足りず、初期段階のプロジェクト企画や設計などを全て日本(設計)、カナダ(エンジニアリング)、英国(投資および技術)などの外国企業に委ねたためだ。仁川大橋だけでなく、首都圏の「ランドマーク」として建設されているソウルの第2ロッテワールド、仁川空港高速道路とつながる永宗大橋を建設する際も、外国企業から設計図書を購入した。


【社説】ソウル大教授が指摘する「メード・イン・コリア」の危機より抜粋
2015/09/28 朝鮮日報

 ソウル大工学部の教授26人がこのほど、先進国と中国など新興国の狭間で限界に直面している韓国産業界の現状を分析した書籍を出版した。いずれも半導体、ディスプレー、造船など韓国を代表する産業分野を専門とする教授で、産学協力事業を手掛け産業の現場も熟知している。教授らを出版に向かわせたのは、韓国の産業に対する切迫した危機感だ。教授らは、韓国企業は先進国の設計図を模倣・改良して製品を作ることは得意だが、最初の設計図を描くスキルは足りないと指摘し、これこそが韓国産業界の一番の問題だと警鐘を鳴らした。

半導体産業もすでに規格が決まっている半導体メモリー市場では圧倒的なシェアを誇るが、規格が確立していないメモリー以外の分野ではシェアが10%にも満たない。韓国産業界のほぼ全ての分野で状況は似たり寄ったりだ。


池田信夫氏が「近代中国人の自己意識が、日本の影響を受けたことだ。清末の知識人の多くが日本に留学し、福沢諭吉などに学んだ。日本の成功を見た彼らは、中国近代化の必要を痛感する。彼らの中国の歴史についての認識も、内藤湖南など日本人の東洋史学から学んだという。『社会主義』も『共産主義』も、日本生まれの漢語である。」と述べています。和製漢語の語彙は明治維新以後、中国人留学生らによって中国に逆輸入され、常用語を筆頭に800語を超えるという。毛沢東は共産党の作風を改善する運動を喚起した際、文書の表現を豊かにするためには外国語から学ぶことの重要性を呼びかけ、演説中で言及した学ぶ外国語の例は「幹部」という和製漢語だったと。

【世界を感動させた日本】朝鮮に注ぎ込んだ血税「63兆円」 数々の援助で身を捧げた先人たち
2014.03.02 ZAKZAK

 韓国の「反日」は、とどまることを知らない暴走を続けている。それは韓国人が歴史を直視せず、反日妄想に現実逃避しているからである。この連載の最終回に、朝鮮を救った感動的な日本人の話を紹介しよう。

 まず、35年間の日本による朝鮮半島統治(1910~45年)とは何だったのかを、如実に示す数字を見ておこう。

 この間、朝鮮の人口は1300万人から2500万人にほぼ倍増した。コメの収穫量は1000万石から2000万石になり、平均寿命は25歳(10年)から45歳(44年)に伸びた。工業生産指数は100(13年)から550(38年)に大躍進し、公立小学校は約100校から約5000校に増え、ハングルを普及させた。鉄道はゼロから出発し、何と総延長6000キロを敷設したのだ。

 日本政府は累計約21億円を朝鮮に注ぎ込んだが、これは現在の貨幣価値で63兆円にのぼる。第3次日韓協約が締結された07年からの38年間で計算すると、1日45億円の血税を朝鮮に援助したことになるのだ。

 朝鮮の発展に身をささげた日本人も数多い。

 重松●(=高の右に昇)修(しげまつ・まさなお、1891~1975年)は農民を貧困から救うべく、私財を投じて朝鮮の農村振興を計り、「聖者」とまで呼ばれた人物である。彼はまず養鶏により卵を売り、その金を貯蓄して牛を買うという、自助努力の仕組みを農村に根付かせた。彼は三一暴動で被弾して右足が不自由になったが、終戦までの31年間、貧しい朝鮮農民の救済に無私の活動を続けた。

 朝鮮農民の救済に尽力した農学者に、津田仙(つだ・せん、1837~1908年)がいる。津田塾大学の創立者、津田梅子の父親である。農学者の高橋昇(たかはし・のぼる、1892~1946年)は、朝鮮農業の近代的実態調査を行い、農業発展の基礎を造った。石塚俊(いしづか・たかし、1888~没年不詳)は朝鮮米穀倉庫会社社長として、品種や農法の改良、潅漑(かんがい)施設の改善などを通じて、農業生産の飛躍的向上に貢献した。

 日韓併合前の朝鮮は禿山ばかりであり、総督府はひたすらに半島の緑化に努めた。

 1918~42年、日本は何と6億622万4000本の植林を行っている。この植林事業に一生をささげたのが浅川巧(あさかわ・たくみ、1891~1931年)である。彼はまた白磁などの朝鮮の美術工芸の研究者であり、日本への紹介者でもあった。

 朝鮮戦争で大量の孤児が発生したが、韓国孤児を133人も育てた偉大な日本女性がいた。望月カズ(もちづき・かず、1927~83年)がその人である。彼女自身も孤児だったが、反日機運の強い中であくまで日本女性としての生き方を貫いた。

 朝鮮に幾つもの巨大水力発電所を建設して近代工業化に大貢献したのが、日本窒素肥料社長だった野口遵(のぐち・したがう、1873~1944年)である。野口は出力70万キロワットという当時、世界第2位の水豊ダムを1940年に完成させた。北朝鮮は今でもこのダムを使っている。

 「感謝しろ」というつもりはない。ただ、韓国や北朝鮮の人々は、こうした歴史的事実を直視すべきではないのか。 =おわり


 

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