駄文・散文帳
2015年07月27日 (月) | 編集 |

次はドイツが痛い目にあう ギリシャ・ショック「欧州の盟主」の大失敗より抜粋
現代ビジネス 7月26日

巨額を失う
 「メルケルはバカ」

 ギリシャ・ショックに揺れる欧州でいま、ドイツのメルケル首相への批判の声が高まっている。中には「バカ」と直接的に中傷する欧米メディアも出てきているのだが、いったいなぜか。

 一つには、メルケル首相が、ギリシャ問題がここまでこじれる原因を作った戦犯だとみなされているから。在アテネジャーナリストの有馬めぐむ氏が指摘する。

 「6月30日のIMF(国際通貨基金)への資金返済期限が迫るタイミングで、メルケル首相が主導するEU(欧州連合)サイドはギリシャに過酷な改革案を提示してきました。そこにはギリシャ経済の要である観光産業に関して、ホテルの宿泊税を大幅に引き上げるように求める内容が含まれていたようで、とても呑めるものではなかった。

 それまでギリシャはEU側との交渉妥結を目指していたのに、この強硬姿勢に激怒した。ここからギリシャ・ショックが勃発。国民投票で『NO』を突きつける事態に発展していったのです」

 EUでメルケル批判が渦巻いているのはそれだけが理由ではない。

 実はギリシャがユーロ離脱ということになれば、一番のダメージを被るのはドイツである。それなのにギリシャを追い詰めてしまった「メルケル首相の管理能力のなさ」(EUメディア)に、欧州全体があきれ返っている。以下、欧州系証券会社アナリストの解説。

 「ユーロの恩恵を最も受けてきたのは、ドイツにほかなりません。なぜならユーロはギリシャなどの弱小国家も参加する共通通貨であるため、ドイツにとっては単独通貨を持つよりも『割安』な通貨として利用できる。ドイツの自動車メーカーなどの業績が絶好調なのは、この割安通貨を利用できているのが大きい。つまり、ドイツが失業率の低い経済優等生とされてきたのも、経済好調でメルケル首相が首相に居座り続けられるのも、ユーロのおかげなのです」

 逆説的な話だが、問題国ギリシャがユーロから離脱してしまえば、ユーロはより強い通貨となってしまい、ドイツにとっては「割安通貨の旨み」を失うことになる。それはドイツ経済に、根幹を揺るがすほどのインパクトをもたらしかねない。それなのにメルケル首相は何をやっているんだ、と批判が噴出しているわけだ。

 在ドイツジャーナリストの熊谷徹氏も言う。

 「これまでEUやECB(欧州中央銀行)はギリシャに2100億ユーロほど(約30兆円)を融資していますが、その原資をもっとも多く拠出しているのはドイツです。

 ギリシャがデフォルトしてユーロ圏から離脱した場合、ドイツは最大900億ユーロ近くの損害を被るという試算が出ている。これは'14年のドイツ連邦政府の予算額の約3割に相当する巨額です。ギリシャのデフォルトは致命的なほどに、ドイツの納税者を直撃するのです」

「大人の対応」が苦手な国

 7月7日には、著書『21世紀の資本』が世界的ベストセラーになったトマ・ピケティ教授が、メルケル首相に宛てた公開書簡で、「ギリシャの頭に銃を突きつけ、自ら引き金を引けと要求している」と批判。メルケル首相に強硬姿勢を改めるよう、叱りつけたのもこうした事情があるから。

 しかし、こうした声は耳に入らないのか、メルケル首相、そしてドイツ国民もギリシャへの強硬姿勢を貫くばかり。むしろ日に日に「反ギリシャ」モードを高ぶらせているのだから空恐ろしい。というか、あきれるばかりである。

 在ドイツの作家、川口マーン惠美氏は言う。

 「ドイツ人としては自分たちの税金でギリシャを支援してやっているのに、ギリシャ人に文句を言われる筋合いはないという気持ちがとにかく強い。最近では、チプラス首相はヨーロッパの秩序を乱す『ならず者』呼ばわりで、国民投票を決断すると、『政治素人が国民の人気取りをしているだけ』と酷評したほどです。

 一方、ドイツ人はメルケル首相のギリシャへの強硬姿勢には拍手喝采。大衆紙『ビルト』は『我々は鉄の首相を必要としている』『メルケルは手を緩めるな』と書いています」

 そんなドイツの態度が問題を余計にこじらせ、ギリシャ・ショックはいつ終息するかもわからない泥沼へはまっていく。それがまた巨大なブーメランとなり戻ってきて、ドイツ経済を致命的に痛めつけるリスクを高めているのだ。

 「仮にユーロが崩壊してドイツが自国通貨マルクに復帰した場合、自国通貨は暴騰し、ドイツの輸出産業は壊滅的な打撃を受けるでしょう。ドイツには失業者があふれ、経常収支は大幅な赤字に転落、一気にデフレ不況に陥る悪夢のシナリオの幕開けです」(大手商社為替ディーラー)

 では、ドイツはいまからでもギリシャに対する態度を軟化させ、ギリシャにユーロ残留してもらうようにお願いすればいいのかといえば、それもまた新たな問題を生じさせる。第一生命経済研究所の田中理氏が言う。

 「ドイツなどEUサイドがギリシャに変に妥協をすれば、スペインやポルトガルなど緊縮財政を受け入れているほかの欧州各国での反緊縮気運に火をつけてしまいかねない。スペインとポルトガルは今年選挙を控えていて、ここで反緊縮政党が台頭すれば、ユーロ圏の結束にさらに動揺が広がってしまいます」

 何度も言うようだが、そのユーロの動揺で最も痛い目にあうのはドイツなのである。

 欧州の盟主ドイツは、こんなことになる前に、もっと「大人の対応」を見せておくべきだった。が、もう手遅れ。ここまで事がこじれてしまった以上は、巨大なブーメランに襲われる恐怖におびえながら、ギリシャ問題をソフトランディングさせるための交渉を続けていくしか道はない。


国内のニュースだけを見ていると、日本は集団的自衛権の行使一つすら決められない「平和主義」の国で、しかし、その平和主義が世界に誇れるものであるかのように錯覚を起こしてしまう。

平和主義というのは他国が攻めてきても抵抗しないで降伏する「無抵抗主義」のことである。だから朝日新聞は集団的自衛権について「近づく戦争できる国」とか「徴兵制になる」などと書く。日本が丸裸(非武装)になるまで、そのような記事を書き続けるのであろう。集団的自衛権だけでなく、自衛隊も日米安保条約も米軍基地も違憲なのだから。

では、日本が「戦争のできない国」になったらどうなるか、考えてみたことがあるのだろうか? 

「戦争のできる国」になることが戦争を防ぐ道であることは世界の常識なのです。

ともあれ、欧州にも目を向け、日本の政治家や識者は大いに学ぶべし。ドイツの外交手腕にも注目。また、インドで、英国に植民地賠償求める動きが加速しているという記事を韓国紙で見つけました。

英国に植民地賠償求める動き、インドで加速
2015/07/27 朝鮮日報

まだ確実な謝罪は受けられず
野党議員が声上げ、モディ首相も加勢
英、直接補償の代わりに教育援助

 5月28日、インドの野党国会議員シャシ・タルール氏(59)が英国の歴史ある討論団体「オックスフォード・ユニオン」でスピーチをした。ロンドン生まれで元外交官のタルール氏は英国の知識人たちを前に「英国は約200年間のインド植民地支配に対し謝罪し、適切な補償をしなければならない」と強く訴えた。動画共有サイト「ユーチューブ」に掲載された15分間の動画はインドの若者層の間で爆発的な人気を呼んだ。すると、ついにナレンドラ・モディ首相(64)まで「タルール氏は愛国的なインド人の心情を代弁し、適切な場所で適切な発言をした」と言い出した。英日刊紙テレグラフは「モディ首相は英国に対し植民地補償の要求に乗り出したもの」と報じた。

 英国は1765年から1947年に独立するまでの約180年間にわたりインドを支配した。その間、綿・茶・食糧などの資源をインドからヨーロッパに持ち去った。統治のしかたも無慈悲だった。1857-58年に東インド会社所属のインドの傭兵「セポイ(スィパーヒー)」が宗教政策や差別に抵抗して反乱を起こした時、大砲の前に人を置いて直接撃つなど残忍な方法で鎮圧した。

 しかし、インドはこれまで英国にきちんと補償を要求したことがなかった。1947年に独立した後も、インドは英国国王を形式上の君主として認めた。1950年に君主制を廃止したが、元独立運動家のネルー初代首相は英国連邦残留を主張し、これを貫いた。第二次世界大戦後の冷戦時代でインドの主権を守るため、英国の傘の下に入ったのだ。

 インドは英国から植民地支配に対するはっきりした謝罪も受けていない。ウィンストン・チャーチル元首相は「非常に恥ずかしくおぞましいことだった」と語ったが、直接的な謝罪はしなかった。エリザベス女王は1997年の独立50周年記念でインドを訪れた際、「歴史を書き換えることはできない。悲劇的な歴史をかんがみ、歓喜の歴史を作っていこう」と述べた。デービッド・キャメロン首相も2013年にインドを訪れた時、「遺憾(regret)」と言っただけで、「謝罪(apology)」という単語は最後まで拒否した。

 英国は直接的な補償の代わりに、教育など援助の名目でインドを支援してきた。2007年から12年までに約10億ポンド(約1920億円)、2013年だけで2億8000万ポンド(約538億円)を支援した。インドが英国に対する補償問題を取り上げた背景には、最近の経済成長があると見られている。インドはここ数年、年間10%前後の経済成長率を記録、世界10位の経済大国に成長した。タルール氏は「英国の援助金はインドの国内総生産(GDP)の0.4%に過ぎない」と言った。このため、インドの財務相は2013年に英国ではなくフランスから戦闘機を購入、「英国は『ピーナッツほどの援助金』で恩着せがましくするな」と言った。


植民地と言えば、「インドネシアにおけるオランダ350年と日本3年半の統治比較」「欧米列強のアジア侵略はいかにして行われたか」を読むことをお勧めしたい。また、以下の地図も一目瞭然。

「ヨーロッパの植民地だった国を全部塗りつぶすと世界地図はこうなる」

戦後70年ということで安倍首相の出す談話が、国内だけでなく中韓でも取り沙汰されています。今一度、あの大戦と大戦前後に、日本だけでなく欧米も何をしたか、検証したい。

世界史は侵略の繰り返し 『世界史で学べ! 地政学』
2015年07月22日 池田信夫

また戦後70年談話について「侵略」や「謝罪」を入れるべきかどうか議論しているようだが、日本の戦争が侵略だったとすれば、英仏がオスマン帝国を解体して中東の大混乱を生み出した植民地分割戦争は何だったのか。アメリカのベトナムやイラクへの介入は「いい戦争」だったのか。

本書も指摘するように、戦争を「正義の戦争」と「侵略戦争」に分類し、戦勝国が敗戦国を破壊することが、その復讐戦争の原因になる…という歴史が繰り返されてきた。戦争に「正義」の概念をもちこむのをやめ、力の均衡で現状維持をはかるリアリズムが必要だ、と本書もキッシンジャーに従って説く。

第1次大戦後、国際連盟ができたあと、ウィルソン米大統領は「民族自決」の理念を提唱したが、欧米の植民地は自決の対象から除外された。満州事変を侵略と断定した国際連盟の調査団長リットン卿は、インドのベンガル総督として、満州よりはるかに大規模な植民地支配の責任者だった。

リットンの義弟バルフォア外相は第2次大戦後、パレスチナを分割してイスラエルを建国し、中東の混乱を拡大した。チャーチルとルーズベルトは「大西洋憲章」でナチス・ドイツを非難し、彼らに侵略された国家の主権回復を求めたが、「この宣言はイギリス植民地には適用しない」と明記した。

第3次中東戦争でイスラエルはエジプト領のシナイ半島を侵略したが、これに対する国連の非難決議にアメリカは拒否権を行使した。しかしイラクのクウェート侵略には、アメリカは「多国籍軍」で報復した。

このように世界史は侵略戦争と植民地支配の繰り返しであり、「侵略」は戦勝国が敗戦国にはるレッテルにすぎない。日本は今までも何度も謝罪しており、戦後70年もたってまた謝罪を繰り返す必要はない。むしろまだ一度もベトナム侵略を謝罪したことのないアメリカが謝罪すべきだ。


 

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