駄文・散文帳
2015年07月24日 (金) | 編集 |


思想家の内田樹(たつる)氏が「安倍首相は、世界に憎しみと破壊をもたらすことを知っているからこそ戦争をしたいのだ」と言ったそうですが、安保関連法案反対派の演説には共産党の池内沙織議員だけでなく辟易するものばかりである。安保関連法案を「戦争法案」などとレッテルを貼ったりしているし。しかし、内田樹氏は、そのような極端なことを言って他者を根拠不明のまま攻撃する理由も以下のように述べていました。

■「短い文章で断定的に言う人が多い。何の根拠があってこんなに断言するのか分からないけれど、何かそれなりの確証なり、経験知なりがあるのだろうと思ってしまう」
■「条理を尽くして、意味の通る話をするより、根拠のない断言や予測不能の行動をした方がメディアに露出する上でははるかに効果的なんです」

→ 安保法案賛成派は「悪」なのか SNSにあふれる根拠のない断言

総選挙でも争点にならなかった安保法案を今更、民主主義に則って採決したにもかかわらず「強行採決」と騒ぎ立てる野党議員やマスメディア。国会を軽視しているのは彼らであり、辻元清美議員など本当に醜い。また、安保法案の違憲性を言い立てる人々に、安倍政権の解釈改憲を批判する資格はない。自衛隊は違憲だが憲法改正の必要はないと考えているのなら。

変節した日本共産党をはじめ、民主党や朝日新聞などのこの国の左翼日和見主義者たちの一貫性のない主張に辟易する~「自衛隊」の存在を認めた時点でこの議論の決着はとうについているより抜粋
2015-07-21 木走日記

朝日新聞はいまさら「米軍駐留は違憲」の主張を復活させようとしているのでしょうか。

 それとも砂川判決はアメリカから圧力を受けた結果であることを証明して、それをもって「砂川判決」を合憲性の根拠としている安保関連法案に対し、その違憲性を主張しようとしているのでしょうか。

 いずれにせよ、当時アメリカからの圧力などといったら、憲法九条にしろ、自衛隊創設にしろ、日米安全保障条約締結にしろ、すべてアメリカ主導で決まったことであり、何一つ日本主導で安全保障上の取り決めを主体的にしたことなどなかったわけです。

 日本国憲法第二章は「戦争の放棄」が明確にうたわれています。

   第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。



 当時は政権をになう保守陣営が新憲法を「護憲」する側であり、共産党など左翼陣営が「九条反対」の旗を立てていたわけです。

 この状況が一変するのが朝鮮戦争勃発です(1950年6月25日-1953年7月27日)。

 それまで沖縄で一部アメリカ軍が駐留すれば非武装日本を統治可能としていたアメリカが、朝鮮戦争が起こったために大規模な米軍駐留と、日本自身による防衛軍の創設の必要性が出てきました。

 実際、1950年元旦(朝鮮戦争勃発前)の日本国民に対するメッセージの中で、マッカーサーは、憲法九条は日本の自衛権を否定していない、と強調しています。

 軍隊を放棄している憲法を有する日本にアメリカ軍を大量に駐留させるために「日本の自衛権」を持ち出したのは、マッカーサーなのです。

 そしてこの「自衛権」は拡大解釈され、同年8月「警察予備隊」のちの「自衛隊」が誕生するわけです。

 翌1951年9月には,対日講和条約と同時に日米間で日米安全保障条約という軍事条約が結ばれます。

 この時点で憲法九条は事実上空文化したといっていいでしょう、日本は西側陣営の一員となったのです。

 さて、親米的な「自衛隊」という軍隊が誕生したことで、反米左翼陣営は「わが民族の独立と繁栄のために憲法九条絶対反対」から「自衛隊は憲法九条違反」と変節、やがて「平和憲法、九条を守れ」とそれまでの主張を180度、変節いたします。

 興味深いのはそのころから、この国の憲法学者の大半は、自衛隊は憲法九条違反、日米安保条約は軍事同盟に等しいので憲法九条違反と、反米左翼陣営を理論的に支持するようになります。

 さて現在自衛隊を憲法違反とする先鋭的な主張は左翼陣営からほとんど聞こえません。

 日本共産党ですら2000年には自衛隊の存在意義を認め始めています。

 日米安保条約は憲法違反との主張もほぼ皆無です。

 戦後70年、現実に即した当然の解釈です。

 今、民主党をはじめ野党や一部メディアは安倍政権の掲げる安保改正法案は集団的自衛権を認めている点で「憲法違反」であると主張しています。

 馬鹿を言うなという話です。

 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という憲法を有しながら「自衛隊」の存在を認めた時点でこの議論の決着はとうについているのです。

 日米安全保障条約という軍事同盟を認めている時点でこの国の集団的自衛権は認められているのです。

 今回の安保改正法案を違憲と主張するならば、日米安保条約も違憲であると主張しなければつじつまがあいません。

 もとをただせば自衛隊の存在そのものを違憲としなければなりません。


平和憲法に反対した人々より抜粋
2015年07月21日 池田信夫blog

憲法第9条は、一部の保守派のいうようにGHQに押しつけられたものではなく、国会のほとんど全会派が一致して賛成したものだ。「ほとんど」というのは、共産党が反対したからだ。


「憲法9条が日本を守っている」という無知と現実逃避が招く危機
2015.07. K・ギルバート氏

 日本のマスコミは「強行採決」という言葉を好んで使う。ちなみに米国には日本語の強行採決に該当する用語はない。一般的な米国人は「強行採決反対!」とたびたび大騒ぎする日本人が理解できないだろう。

 そもそも、民主主義とは賛否両論の議題について、過半数を取った側の意見に全員が従うルールである。どちらが過半数なのかを知るには、採決が必要不可欠となる。

 民主党政権時代に1~6時間程度の審議で次々に採決された法案について「強行採決だ!」と叫ぶのなら分かるが、安全保障関連法案については110時間を超える審議後である。これを強行採決として批判するのは、情緒的すぎると思う。

 今回の採決を受けて、内閣支持率が5~10ポイントほど下がるとの分析があった。安倍晋三政権に批判的なマスコミが、わざわざ「強行採決」と報じる最大の目的はこれだろう。


 国会中継はあまり見ていないが、報道を見る限り、議論は十分尽くされたのかという疑問は残る。法案の具体的内容に関する議論はほとんど聞かれず、「憲法違反だ」「自衛官のリスクが増す」など、周辺の議論ばかりが目立ったというのが、私の印象である。

 ただしこれは、時間稼ぎと安倍政権のイメージダウンを目的とした審議を行った野党に責任がある。また、某閣僚の「国民の理解が進んでいるとは言えない」との発言は率直な見解だと思うが、次期首相を狙う下心も透けてみえる。

 先週の連載では、安倍首相が国民への説明責任を十分果たすにはテレビ局などの協力が必要不可欠だが、あまり協力的とは思えないと書いた。

 本来、国会審議中の重要法案の論点や争点を整理して、国民に分かりやすく伝えることは、マスコミが果たすべき重要な役割の1つである。

 ニュースでは「戦争法案反対!」「強行採決恥を知れ!」などと叫んで、各地でデモを行う人々の様子を報じているが、マスコミの職務怠慢が生み出した被害者だ。

 彼らが他国の工作員ではない限り、「われわれは世の中の動きを理解していません」「煽られて大騒ぎしています」とアピールしているようにしか見えないからである。

 「憲法第9条が日本を守っている」という教義の宗教にダマされる人々には、もはや怒りすら感じる。第9条のせいで島根県・竹島は奪われ、北朝鮮による拉致被害者は奪還できず、東京都・小笠原の赤サンゴは壊滅状態、沖縄県・尖閣諸島周辺では漁ができない。

 国民の無知と現実逃避が、日本という国を危機にさらしている。


なぜ「集団的自衛権」が必要なのか考える
2015年07月19日  中井友之

日本の国益や「国家の存立」に関わる事態が海外で発生したときでも後方支援すらしないというのでは、前面に出て血を流している欧米からは不満に思われても仕方ない。

中国が尖閣諸島を軍事侵攻したときや、異なる主張が衝突したとき、わざわざ日本を支援、支持しようとも考えないだろう。欧米と日本を離反させ、尖閣問題での武力行使を可能にするというのが中国の基本戦略である。いざ日中開戦となれば、後方支援どころではない血みどろの殺し合いの末、尖閣を奪われてしまうことになりかねない。結局、それを避けるために、日本は中国の不当な要求も次々のまざるをえなくなってくる。

日本は中国、ロシア、韓国、北朝鮮という、友好的でも紳士的でもない国に囲まれており、安全保障環境は極めて厳しい。特に日本の経済力が低下し中国が台頭した現在では、アメリカの国力・軍事力という後ろ盾なくして外交は成り立たないし、何もしないで欧米が日本の側に立ってくれるわけでもない。中国の不興を買ってでも支持するだけの価値が日本にあるのかが問われる。

その意味では、価値観を共有していて、かつ実際に貢献できるということを示さなければならない。日本が軍事的に期待できないと見れば、東南アジア諸国も中国に傾斜していくだろう。

この日中のパワーバランスの変化やグローバル化の中でも「一国平和主義」を貫いていくというならば、有事のときでも他国に頼らず自分の身は自力で守るという覚悟と能力が必要だ。

実際、「永世中立国」をうたって集団的自衛権を認めていないスイスは、現在でも国民の7割の支持の下で徴兵制を保持し、有事の際の民兵を確保している。


しかし、日本の安保環境では、徴兵制の導入や軍備増強による独力での防衛は非現実的である。時代の変化に対応して日本の平和と安定、外交力を保つには、集団的自衛権を認めて、米軍との連携強化や、欧米が求めている軍事的貢献を行っていくしかないのだ。憲法改正の見通しが立たない以上、憲法解釈の変更という手段を取ることもやむを得ない。今回の安保法案では活動の拡大はかなり限定的だが、姿勢だけでも見せておく必要がある。

現に、集団的自衛権の行使容認による日米同盟の強化が進められて以降、日中首脳会談や財務対話が開かれるなど、中国は軟化してきた。民主党政権下で日米同盟が弱体化したときには尖閣問題が浮上し、韓国大統領の竹島訪問、ロシア大統領の北方領土訪問が強行された。

このような現実が無視され、非合理的な精神論がはびこり、国際的に孤立し、中国に叩きのめされるというのでは、戦前の過ちの繰り返しである。叩きのめされてから日米同盟の重要さに気づいてももう遅い、アメリカに高い代償を払わされるか、完全に見捨てられ中国・韓国・北朝鮮・ロシアに好き放題にやられるか、どちらかとなるだろう。


 

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