駄文・散文帳
2015年04月07日 (火) | 編集 |

本音は「知事になりたくて変節した」翁長知事の醜悪より抜粋
2015/04/06 依存症の独り言

翁長知事は実際のところ、「辺野古移設はやむを得ない」と言うか、「反対してもどうせ押し切られる」と思っているのではないか。

まず第一に、「毎年3,000億円台とする沖縄振興予算」を減らされたらどうしようもない。それに、国家の安全保障にかかわる問題で知事ができることは限られている。裁判に持ち込んでも負けるのは必定である。

だからパフォーマンスをやっているのだ。「辺野古移設を認めない」と言って政敵である社会大衆党や共産党の支持まで受けた手前、反対のポーズは崩せない... そんなところだと思う、本音は。

そもそも翁長雄志と言う人物は、日米安保賛成、自衛隊の沖縄駐屯歓迎が基本スタンスの「日の丸青年」だった。前回の知事選でも、辺野古移設容認の仲井真弘多氏(前知事)の選対本部長だったではないか。

結論から言おう。翁長雄志氏は、知事になりたくて表向き変節したのだ。社会大衆党や共産党、そして創価学会の支持がなければ選挙に負ける、知事になれない...

人間、老いると地位や名誉に固執する、これが一般的だ。「日の丸を捨てたって知事になれれば本望」そういうことだ。

哀れと言うしかない!



「基地反対」という茶番劇 - 『沖縄の不都合な真実』より抜粋
2015年01月20日 池田信夫

昨年の沖縄県知事選挙では「辺野古移設反対」を掲げる翁長雄志氏が勝ったが、彼は仲井真前知事が移設容認と引き替えに獲得した8年間で2.4兆円の補助金をよこせと政府に求めている。

「沖縄は戦争で犠牲になり、その後も基地の負担が集中してかわいそうだ」というのがマスコミの流すイメージだが、実際には米軍が土地を返還しようとすると反対運動が起こる。地元に賃貸料と補助金がおりなくなるからだ。


民主政治を食い物にする「沖縄の心」より抜粋
2013年12月26日 池田信夫blog

沖縄県の仲井真知事は、米軍普天間基地の辺野古への移転を承認する見通しだ。これに先立って、政府は来年度から2021年度まで毎年3000億円以上の「沖縄振興予算」を出すことを決めた。仲井真知事は「有史以来の予算だ。いい正月になる」と喜んでいる。それはそうだろう。8年間で2兆4000億円以上、県民一人あたり170万円という、まさに「有史以来」のつかみ金だ。

ケビン・メア氏も指摘するように、17年前に決まっていた移転問題をここまで長引かせたのは、基地を食い物にする沖縄と本土の政治家である。こういう醜悪な構造が見えては困るので、地元は「沖縄の心」とか「集団自決」などでごまかし、大江健三郎氏を初めとする「反基地」の左翼が、彼らの別働隊として活躍した。


沖縄の基地問題はうわべだけを見ても分らない。沖縄県民の「不都合な真実」を知ることによって、何が問題かが分かってくる。もうそろそろマスメディアも真実を報道すべし。茶番は終わりにしましょう。

歴史認識問題「そろそろ卒業したい」 福田元首相、中韓との関係改善にしびれ切らす?
2015.4.6  MSN産経ニュース

 福田康夫元首相は6日、都内で講演し、冷え込んでいる中国、韓国との関係について「(改善しない要因に)歴史認識問題があるなら、正直いってもうそろそろ卒業したい。戦後70年たって、70年前のことにいまだにとらわれて、にっちもさっちもいかない」と述べ、関係改善を急ぐべきだとの考えを示した。

 また、中東や北アフリカで約4年前に始まった民主化運動「アラブの春」に触れ、「(中国の)習近平国家主席は相当ショックを受けたのではないか」と分析。「いずれは中国も民主化する。少しずつでも前進する兆候があるなら歓迎、応援すべきだ」と述べた。


親中派と言われている福田元首相でさえ、「戦後70年たって、70年前のことにいまだにとらわれて・・・」と嘆くのですが、韓国の外務省高官は「加害者というのは、謝罪を100回しても当然ではないか。何回わびようが関係ない」と述べています。しかし、韓国はベトナムにどの程度の謝罪をしてきたのであろうか? 自国のことを棚に上げて(自国の問題はしっかり言い訳しつつ)、日本の批判を異常に繰り返す韓国。残虐極まりない大虐殺をしておいて、韓国軍総司令官(ベトナム戦争当時)は、米誌「ニューズウィーク」でのインタビューで「誰に対しても償う必要はない。あれは戦争だった」と明言しています。ベトナム政府は「侵略者は未来志向といった言葉を使いたがり、過去を忘れようとする」と、韓国を批判しました。

県会議員の選挙に向けて、共産党の選挙カーが「共産党の躍進」を自慢し、安倍政権は日本を「海外で戦争のできる国」にしようとしていると批判し、「安倍政権の暴走を許さない」「安倍政権にノーを突きつけよう」などと叫んでいるのを聞くにつけ、改めて安倍政権を応援しようと思う次第。中韓が喜びそうな党を支持しません。国益を損ねる党を支持しません。

村山富市、鳩山由紀夫、菅直人の3元首相も安倍政権を「許せない」などと言っているらしい。

日本の特殊な点は、日本の中に「反日」という敵が存在することです。

【サヨク悲報】 韓国がベトナム人慰安婦を行っていたことが米国でバレて波紋広がる 米リベラル派「韓国側の偽善や二重基準が証される」
2015年04月06日 保守速報



ベトナム戦争当時、サイゴン(現ホーチミン市)に韓国軍の慰安所が存在したことが、アメリカの公文書によって初めて明らかに(Welfare Center)
2015年03月25日 保守速報


日本の論議:「漢江の奇跡」を侮辱した朝鮮日報!
2015年04月06日 北村 隆司

外務省が発表した「日本の支援で韓国が成長」と言うHP動画はでたらめだと反発した朝鮮日報は、「日本よ『漢江の奇跡』を侮辱するな!」と眉を吊り上げて抗議している。

それにしても韓国の代表的新聞が、こんな些細な事にこれほど大きな紙面を割いて怒りをぶちまけるとは、いくら「恨の文化」の国とは言え国際的にも見苦しい。

「韓国の価値観」は判らないが、自分の子供だけはこんな「切れ易い」人間に育って欲しくないと思うのは、何処の国の親でも同じであろう。(拙稿「日韓両国は『基本的価値』を共有していない」参照)

当時の韓国で発展する可能性のあった産業は、繊維産業と重工業だが、日本がこの分野の核心技術と操業ノウハウで世界を圧倒していた時代でもあった。

この事を知っていた朴正煕、全斗煥両元大統領は、「進んだ日本の技術と生産プロセスやノウハウを導入する以外に、韓国発展の道はない」と判断して、日本に積極的に接近した。

朝鮮日報は「信頼のおけるパートナーとしての日本」などとは、日本の外務省の作り話だと憤慨しているが、実はと言えば、これは朴正煕、全斗煥両元大統領の考え方であった。

朴正煕元大統領は「日本の朝鮮統治はそう悪かったと思わない。自分は非常に貧しい農村の子供で学校にも行けなかったのに、日本人が来て義務教育を受けさせない親は罰すると命令したので、親は仕方なしに大事な労働力だった自分を学校に行かせてくれた。すると成績がよかったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれた。さらに軍官学校を経て東京の陸軍士官学校に進学し、首席で卒業することができた。卒業式では日本人を含めた卒業生を代表して答辞を読んだ。日本の教育は割りと公平だったと思うし、日本のやった政治も私は感情的に非難するつもりもない、むしろ私は評価している。」と語った程で、大統領に就任すると陸士の先輩に当たる瀬島龍三氏と秘密裡に接触し、同氏の斡旋で鉄鋼や船舶、繊維産業など多くの日本企業と韓国企業との援助契約を進めた(当時、私が奉職していた会社のトップを務めていた瀬島氏から、このエピソードを直接お伺いした事がある)。

その後、日本の鉄鋼業のライバルに成長したポスコも、対日請求権資金による資本と、当時の新日鐵など三社から導入した技術や操業指導を受けて建設された浦項総合製鉄所第一期設備が、その始まりであった。

当時は未だ中小企業レベルであった現代グループも、船舶部門では三菱重工からエンジンの供給や船舶設計などの中核技術の指導を受け、アメリカの排出規制をクリアできなかった自動車部門は、三菱自動車のデボネア、デリカ、パジェロなど数多くの車種やプラットフォームを流用して、ポニーエクセル、ソナタ、アトスなどの車種を生産し、最高級車のグレンジャーも、当初はデボネアの韓国版であった。

一方、サムソンの依頼を受けた瀬島氏の指示で、伊藤忠からも多くの幹部社員がサムソン本社に派遣され、組織の近代化に協力するなど、日本の大手各社がオールジャパン体制で韓国の重要産業の発展の手助けをした事実は、記録を調べれば直ぐ判る事である。

全斗煥元大統領は、1981年の光復節記念式典の演説で「我々は国を失った民族の恥辱をめぐり、日本の帝国主義を責めるべきではなく、当時の情勢、国内的な団結、国力の弱さなど、我々自らの責任を厳しく自責する姿勢が必要である」と主張し、翌年の光復節記念式典においても、「我々を支配した国よりも暮らし易い国、より富強な国を作り上げる道しかあり得ない」と「反日」ではなく「克日」を強調した事は、韓国の記録にも残っている筈だ。

全斗煥元大統領就任当時の韓国は、経済成長率はマイナス4.8%、物価上昇率は42.3%、44億ドルの貿易赤字を抱えていたが、経済成長だけが救国の道だと信じた彼は、「日本から学んで、日本に追いつこう」をキャッチフレーズに、経済政策は経済企画院ではなく青瓦台の経済首席に移し、自ら陣頭指揮に当たった結果、1987年の経済成長率は12.8%、物価上昇率0.5%、貿易黒字は114億ドル、国民一人当たりGNPは3098ドル、国民総生産は1284億ドルと、主要な経済指数のほとんどを上向かせることに成功した。

この事実からも、全斗煥元大統領が朴正煕元大統領に次ぐ第二の『漢江の奇跡』の演出者であった事は間違いない。

このように、『漢江の奇跡』の実現には親日的指導者の卓見と日本の技術と製造ノウハウが欠かせなかった事は論議の余地も無いが、これ等と肩を並べる重要な貢献を果したのが、勤勉で理解力の高い韓国国民であった。

その点からも、「金、金」を強調する朝鮮日報の主張は、なによりも韓国民への侮辱である。

韓国と日本の官民挙げての協力の成果は、韓国のベトナム戦争への参戦を契機とした急激な経済成長のエンジンとして、韓国の再建に大きく貢献する事となる。

浦項製鉄などは3回に亘る拡張を果し、1983年には粗鋼生産能力910万トン規模の製鉄所を完成させて、いち早く日本の鉄鋼業界のライバルの地位にまで成長した。

予想を遙かに上回るポスコの成長に驚いた日本の鉄鋼業界は、その頃から「ブーメラン現象」を恐れてポスコへの技術援助を躊躇するようになった結果、技術導入先を失ったポスコは、その頃やっと技術力が回復し出した欧州に技術指導を依頼せざるを得なかった事情がある。

朝鮮日報は又、日本の外務省のHPに「韓国の地下鉄1号線の開通写真」を掲げた事に怒り心頭に達したようだが、地下鉄1号線が開通した1974年当時の韓国の鉄道技術は、お世辞にも近代的と言える状況ではなかった。

前にも述べた通り、第一次、第二次の「漢江の奇跡」が起きた当時は、韓国が必要とする重工業や繊維工業の世界のトップ技術は日本の独壇場で、日本からの技術援助なしに「漢江の奇跡」を実現する事は不可能であった事は当時の事情を知る者にとっては、常識であり、韓国は日本を批判する前に、これだけ短い期間に世界的工業国にまで発展させた事実を誇るべきである。


“世界最高水準”の韓国高速鉄道が開業初日から故障、ガムテープで固定して走る・・韓国ネット「輸出できるはずない」「このまま後進国になるかも」
2015年04月04日 痛いニュース(ノ∀‘)


 

ブログランキングに参加してます♪
↓猫パンチしてね    クリックお願いします<(_ _*)>

スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する