駄文・散文帳
2015年02月15日 (日) | 編集 |

原発を止めろという行政命令は一度も出ていないのに、なぜか全国の原発が止まっている。マスコミによる全体主義がそうさせている。より
2015年2月14日 株式日記と経済展望

「自粛の全体主義」を作り出しているのは誰か 2月11日 池田信夫

「翼賛体制の構築に抗する」という声明が発表された。記者会見で「報道機関が政権批判を自粛している」と主張したのが、報道ステーションで「安倍首相は空爆したがっている」とか「テロリストと仲よくしよう」などと激しく政権を批判した古賀茂明氏だというのは悪い冗談だろう。

 福島では放射能による死者は出ていないが、マスコミのあおる恐怖で、仮設住宅から17万人が帰宅できない。JBpressにも書いたように、原発を止めろという行政命令は一度も出ていないのに、なぜか全国の原発が止まっている。法律家の意見は(反原発派でさえ)法的根拠がないという点で一致しているが、それを報じる新聞は一つもない。産経新聞でさえ、私に取材して没にした。

電力会社もこの自粛ムードに遠慮して、原子力規制委員会に反論できない。行政訴訟を起こすべきだというと、「訴訟に勝っても地元が反発して、かえって時間がかかる」。財界でも「客商売の会社は原子力に口を出せない」という。戦前の「国体」と同じように、原子力がタブーになっているのだ。

こういう自粛ムードを作り出しているのが、今回の「翼賛体制」のアピールに署名している人々だ。彼らが反原発派と重なるのは、偶然ではない。戦前の右翼も、こういうヒステリックな示威運動でマスコミを脅したのだ。結果に責任をもたない人々の感情論は、右も左も同じである。

私がマスコミに一番異常さに感づいたのは、昭和天皇崩御の際の三日間におよぶマスコミの報道自粛であり、朝から晩まで天皇陛下の特集番組で覆い尽くされた。さらには東日本大震災では長期にわたるAC広告の氾濫で数か月もコマーシャルが自粛された。

このような全体主義的な雰囲気を作り出しているのがマスコミであり、そのマスコミが原発を止めている。「株式日記」では早くから原発を再稼働させろと主張していますが、福島第一原発災害は地震と津波が同時に起きたから大事故が起きたのであり、それを想定しても安全に停止が出来る体制なら再稼働させるべきだ。

しかし多くのマスコミは、原発再稼働反対運動を煽っている。しかし原発がある地元では税収入が入らないので再稼働賛成派も多い。もちろん40年以上たった老朽原発は廃炉にすべきだし、安全対策は原発を稼働させながらも出来るはずだ。しかし政府も国民感情を配慮して稼働させていない。

もちろんマスコミには、天皇崩御の自粛も3・11のAC広告の氾濫も原発再稼働反対も主張する自由はある。問題なのは全体主義的に全部のマスコミが右に倣えと同じ主張をする事だ。大戦の前にも日本の国益から見れば中国から撤兵しろと主張するマスコミは無かった。右翼や軍部がのさばっていたからですが、独裁国のように秘密警察に捕まって銃殺されたわけではない。

軍部はもとより政府も中国からの撤兵が出来なかったのは、国民感情が「暴支膺懲」で高まっていたからであり、それを煽ったのはマスコミだ。陸軍にしても大本営は不拡大方針だったのに、政府が国民世論に引きずられてしまった。確かに90年代まではマスコミが世論を作っていた。

しかしネットが普及して来るにしたがって、マスコミとネット世論とがぶつかるようになり、マスコミによる全体主義的な傾向に風穴が開くようになって来た。マスコミは盛んに世論調査を発表しますが、ネット世論と傾向が異なる場合もある。


当時の民主党の菅政権では報道管制を布いて、SPEEDI情報すら封鎖して飯館村を被曝させてしまった。現場や専門家すら原発の警報装置を使いこなせなかった事の証明ですが、放射能がどちらに流れているかの報道は無かった。マスコミの記者すらSPEEDIを知らなかったからだ。

池田信夫氏は元NHKの職員でありマスコミの一員だった人だ。だからマスコミの内幕も知っており、このような全体主義的な自粛報道に警鐘を鳴らしている。マスコミはいたずらに恐怖を煽るばかりで国民を扇動している。ISILのテロでも安倍総理を批判するばかりで、テレビ朝日はISILの広報ではないかと思うほどだ。


2月14日(土)、TOKYO MXで放送されている生放送情報番組「淳と隆の週刊リテラシー」で、また古賀茂明氏と上杉隆氏が安倍内閣の批判をしていました。上杉氏は「原発関連死」の原因をつくった人々の一人であり、「デマを流して被災者に不安を与えた連中」の一人です。また、「読売新聞の記事を盗用した」人でもある。ジャーナリストとして恥ずかしい人なのだ。そんな上杉氏と共に並んで安倍政権批判をしている古賀氏、落ちたものです。池田信夫氏は以下のように評しています。

古賀氏の『日本中枢の崩壊』は40万部、孫崎氏の『戦後史の正体』は20万部のベストセラーになった。古賀氏は、他の本の印税も含めて1億円以上稼いだと思われる。左翼マーケットは、専業主婦や団塊老人を中心に、まだ意外に大きいのだ。

民放のワイドショーやバラエティも同じ市場だから、マーケティングが必要ない。左翼をバカにしている人々はもともとテレビを見ないので、失うものがない。テレビ局の側からみると、自分たちの意見を「識者」としてコメントしてくれる人が使いやすいので、そういう人に注文が集中する。

こういう誘惑に負けると、どんどん左傾化する。古賀氏も孫崎氏も退官直後は慎重な表現だったが、最近はワイドショーに最適化してしまった。それはそれで、芸能人としては一つの生き方だろう。


また、彼らが出演していた番組はメディアリテラシーを考えるバラエティ番組ですが、池田信夫氏は「異物混入騒動」で史上最大の赤字決算になった日本マクドナルドに言及し、「マスコミにだまされないメディア・リテラシーを子供のころから身につけましょう。」と忠告しています。つまり、マスコミはほとんど問題視しなくても良い事柄でも「珍しい(確率の低い)事件ほどニュース価値は大きいから」書き立てるという。以下のように結んでいます。

ハンバーガーは1日に1億個ぐらい売れるので、100万個のうち1個に異物があっても、1日に100個は見つかります。
しかしよい子のみなさんがハンバーガーを食べて針を飲み込む確率が1/100万だとすると、1日3個ずつ食べても事故にあうのは1000年に1度です。
これがハンバーガーぐらいならマスコミもしばらくすると飽きるのですが、原発のように大きな問題だと錯覚がいつまでも続きます。「大きな原発事故が起こると人が死ぬリスクがある」というのは本当ですが、その死者は過去50年間に全世界で60人。1年に1人ぐらいです。原発事故で人が死ぬ確率は、ハンバーガーを食べて死ぬ確率より低いのです。


マスメディアの使命は事実を報道することです。しかし、特に朝日新聞やテレビ朝日は、事実ではなく印象操作をし、傲慢にも世論を形成しようとする。戦前と変わらない体質です。朝日新聞は戦前、戦争を煽り、ナチスを称賛し、政府と軍部の弱腰を許さない記事を書き続けたが、戦後は手の裏を返してGHQの走狗となった。日本をおとしめることに躍起となり、中韓におもねるようになった。中韓に告げ口(ウソの情報を提供)してまで日本叩きをさせ、「反日」を煽った。

朝日は、戦前は戦争を煽り、戦後は「反日」を煽る。

ろくなもんじゃない。権力者にでもなった気でいる。権力の批判をするのではなく、自らが権力者然としている。傲慢の極み。原発即停止とか憲法改悪反対とか、朝日の主張は日本を滅ぼし、中韓を喜ばす提言ばかりです。

マスコミは再稼働と安全審査の違いに気づき始めた?より
2015.02.13 池田信夫

原発の「再稼動」問題なんて、法的には存在しない。これは私が一貫して説明してきたが、よく読むと各社の表現が微妙に変化してきた。

規制委員会は新しい設備が規制基準を満たしているかどうかについての「設置変更許可」を審査しただけで、再稼動の審査なんかしていないからだ。

NHKと朝日は「再稼働の前提となる審査に合格した」と書いているが、これは明白な誤りだ。法律で再稼動の前提とされているのは保安規定と使用前検査だけだが、いずれもまだ終わっていない。前者は単なる書類審査であり、後者は試運転だから、それが始まることが再稼動である。したがって次の読売の記事が正確だ。

安全審査の合格証にあたる「審査書」を決定した。[…]ただ、残る書類の認可や設備の現地検査、地元同意などの手続きが控えており、関西電力は11月の再稼働を目指している。

要するに全国の原発は、菅首相が2011年5月に「お願い」して、超法規的に止めたままなのだ。読売や日経は(たぶん)気づいていると思うが、他社が「まさか」と思うのも無理はない。ちょっと前なら記者クラブの談合でごまかせたかもしれないが、今はそうは行かない。

私がブログで「慰安婦問題はおかしい」と書いた2006年には孤立無縁に近かったが、今は逆だ。10年後に誤りに気づいても遅い。各社は再稼動と安全審査の違いについて、法律家に取材すべきだ。ほとんどの専門家が「原発停止に法的根拠はない」と答えるだろう。

もちろん法的根拠がないからといって、すぐ再稼動できるわけではない。本質的なハードルは法律でも規制委員会でもなく、法律より重い日本社会の「空気」なのである。


原発停止という巨大な「不良債権」より
責任不在の日本的意思決定が「競合脱線」を生む
2015.02.10 池田信夫

なぜ原発が止まっているのか誰も説明できない

 九州電力の川内原発(鹿児島県)の運転再開は、予定を大幅に超えて2015年夏にずれこむ見通しになった。原子力規制委員会が安全審査を開始してから、ほぼ2年で2基だ。このペースだと、全国48基の原発の審査がすべて終わるには20年以上かかる。

 それまで原発を止め続けると、化石燃料の浪費で最大55兆円が失われる。
川内では地元の合意は得られたが、政府は積極的に動く様子がない。安倍内閣は「安全性を確認した原発は再稼働を認める」という方針だが、具体的に何をするのだろうか。

 では、なぜ全国の原発が止まったままなのだろうか。それは誰も説明できない。原子炉等規制法には「停止命令」の規定があるが、停止命令は一度も出ていない。「再稼働」という問題設定が間違いで、そもそも止める法的根拠がないのだ。

原発を長期停止したのは野田首相だった

 そのきっかけは、2011年5月に菅直人首相が記者会見を開き、中部電力の浜岡原発の停止を「要請」したことだ。彼が認めたように、この要請に法的根拠はなかったが、中部電力はこれを受け入れた。

 そのあと、定期検査の終わった佐賀県の玄海原発の運転開始が焦点になった。古川康知事は再開を容認したが、菅首相が「ストレステストが終わらないと再稼働は認めない」と言い、運転再開ができなくなった。

 野田佳彦首相は2012年7月に大飯の再稼働を決断し、原子力行政は正常化するかと思われた。ところが野田氏は、国会で「大飯以外は第1次評価だけでは不十分だ」と答弁した。彼は脱原発という民主党の路線を守るために、大飯以外の原発のストレステストを却下してしまったのだ。

 では、大飯以外の原発はどうするのか。田中試案では、新たな規制の導入の際には一定の猶予期間を置くのを基本としながら、今回は「規制の基準を満たしているかどうかの判断を、事業者が次に施設の運転を開始するまでに行うこととする」という例外を設けている。つまり安全審査が終わらないと、運転開始できないのだ。

 これは田中委員長の個人的な見解で法的根拠はないが、民主党政権の「原発は再稼働させない」という方針と一致していた。「動いている原発は定期検査で止まってから審査する」という野田首相の政治決断が、逆に「止まった原発は審査が終わるまで動かせない」という話になってしまったのだ。

脱線した原子力行政を元に戻せるのは安倍首相だけ

 このように経緯を振り返ると、いまだに原発が止まっているのは、政治家の思いつきと官僚の前例主義が複合した「競合脱線」のようなものだ。田中私案がいまだにメモであることからも分かるように、安全審査が終わるまで運転してはいけないという規定は、法律にも省令にも閣議決定にもない。

 民主党政権には法律を改正する力がなかったため、「閣僚会議」などの法的根拠のない場で政策を決定することが多かった。そのうち最大の失敗は、菅首相の思いつきを野田首相が結果的に支持し、ストレステストを反故にしたことだ。


 田中私案は、この民主党政権の方針を受け継ぐものだった。これは安倍内閣になってからだったので、政権の誰かが気づいていれば彼のメモを撤回させることもできたが、ここまで既成事実が積み上がった中では無理だろう。これも不良債権と同じだ。

 原発の失敗は、不良債権に匹敵する規模である。ここまで問題が大きくなると、官僚には判断できない。原子力規制委員会は独立性の強い3条委員会(注:国家行政組織法の第3条に基づいて行政組織の外局として設置される組織)なので、田中委員長に命令できるのは首相しかいない。

 安倍首相が今までの経緯をリセットし、原子力行政を法にもとづいて「最終処理」する必要がある。具体的には田中私案を白紙に戻し、安全審査と運転を切り離すことだ。それは沈滞した日本経済に「アベノミクス」よりはるかに大きな効果を発揮するだろう。

脱原発とCO2削減の間で揺れる”環境先進国”ドイツ
COP20を前に環境相と経済・エネルギー相の対立で大騒動に
2014.11.19 川口マーン 惠美


 

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