駄文・散文帳
2014年10月06日 (月) | 編集 |

「捏偽変創」は完全な排除対象かより抜粋
2014年10月04日 中央日報 東京総局長

今週NHKで始まった朝の連続ドラマ『マッサン』が大ヒットしている。平均視聴率21.8%。過去10年間で最高記録だ。『マッサン』は日本のウイスキー会社「ニッカウイスキー」を創立した竹鶴政孝(984-1979)の愛称。ニッカとともに2大ウイスキー会社の「サントリーウイスキー」で初代工場長まで務めた「日本ウイスキーの父」だ。

(中略)これくらいになると立派な偉人伝だ。しかし、本当にそうだろうか。

日本の「成功神話」の多くはこのようにファクション(Faction)だ。ファクト(Fact)にフィクション(Fiction)が適切に加味されている。結果が良いため過程が美化され、このような「創造ストーリー」となる。誇張を少し混ぜて表現すれば「捏偽変創(捏造+偽造+変造=創造)」だ。

ドラマ『マッサン』から中国のモバイル会社シャオミ(小米)が思い浮かぶ。iPhoneのデザイン模倣はもちろん、社長までがスティーブ・ジョブズの服装を真似た。しかし模倣力が競争力となった。シャオミはアップルだけでなくアマゾンなどすでに成功した数多くの事業モデルを組み合わせて完全に自分のものにした。中国式「新捏偽変創」だ。

問題はその成功ストーリーが恐ろしい速度で増えているという点だ。なら、韓国はどれほど多くの「捏偽変創」を持っているだろうか。あまりにも高尚な「創造経済」ばかり叫んでいるのではないだろうか。世の中は速く動いている。中国の国慶節連休を迎え、中国人観光客で賑わう銀座の街で思ったことだ。


韓国メディアは、さすが反日教育と反日政策・反日運動に明け暮れる人種差別国家だけあって、上の記事のように日本に関する報道には悪意と羨望と嫉妬が満ち溢れている。しかし、韓国ドラマ(チャングムの誓い)など、古田博司筑波大教授によると以下のようにウソで糊塗されている。

ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、ほんとうは顔料がないので民間に色はない。中国の清朝でも日本の江戸時代でも陶磁器に赤絵があるが、朝鮮には白磁しかないのはそのためで、民衆の衣服が白なのも顔料が自給できないからである。民芸研究家による「朝鮮の白は悲哀の色」というのも、今では真っ赤なウソである。上流階級だけは中国で交易する御用商人から色のある布を買っていた。

李朝は清朝や江戸時代と異なり、技術革新を嫌い、低レベルの実物経済で500年もの統治を可能にしたのであり、どこに似ているかといえば、いまの北朝鮮に似ている。19世紀初めの朝鮮の儒者が、「(我が国の拙きところ)針なし、羊なし、車なし」といっている。

は粗雑なものがあったが、ちゃんと縫うには中国から針を買わねばならなかった。当時の中国針は優秀で、日本も輸入している。羊はモンゴルに征服された高麗にはいたが、いつの間にか滅びた。車は西洋文化が流入するまではない。木を曲げる技術がなかったからである。だから李朝には樽(たる)もない。液体を遠方に運ぶことすらできなかった。かつて日本が保護したとき、韓国はそのような国であった。

【正論】筑波大学大学院教授・古田博司 増殖する韓国の「自尊史観」 2008年12月17日 産経新聞より


しかしながら、韓国は自国の報道に関しては自画自賛のオンパレード。世界中から仁川アジア大会の大批判がされていても、メダル獲得数が総合で2位だとか言ってホッとしています。非常識であり、無神経も甚だしい。

「我らがホスト国サマ、万歳! 金を願えば金メダル、銀を願えば銀メダル......我らがオッパ(兄貴)、万歳!」
陽気なメロディー。調子のいいタイ語の歌声。テンポよく編集された映像。しかしその中身は、これでもかというほど痛烈な韓国へのあてこすりだ。

4日閉幕の仁川アジア大会では、運営をめぐりさまざまなトラブルが続き、ホスト国・韓国への批判が各国から寄せられた。特に、複数の競技で「韓国びいき」とも取れる判定が相次いだことは、当事国の大きな怒りを買った。

「インチキ、ひたすらインチキ、ひたすらインチキ、ただひたすらインチキ。すべてのチームをだまくらかす。ボクシング、サッカー、バトミントンでは風が吹く。人呼んで、詐欺師韓国」

「ひたすらインチキ。すべてのチームだます」 タイ発、「嫌韓」動画が110万回再生より
2014/10/ 4  J-CAST ニュース


仁川アジア大会のボクシング競技で「韓国びいき」と思われる不可解な判定が相次いでいる。
インドとモンゴルの選手が立て続けに不満を示し、メダルの受け取りを拒否するなど大きな問題に発展している。

朝青龍も「キムチやろう」と怒り露わ

「韓国びいき」の不可解判定でボクシング競技が大混乱 国内からも冷めた声「韓国人として恥ずかしい」より
2014/10/ 2  J-CAST ニュース


「韓国なんか、これまでの歴史で、一度も“イイ思い”をしたことがないもんだから、平気でウソをついて糊塗しようとする。」と言うのは漫画家の黒鉄ヒロシ氏。その韓国の歴史とは以下の通り。

朝鮮半島の歴代王朝は長期間に渡って中国大陸の歴代王朝による直接統治を受けたり藩属国となっており、多くは中国歴代王朝による冊封を受け、朝鮮半島では中華文化に対して卑屈なまでに尊ぶ事大主義と、自らを中華の一部と見做して「劣等な周辺諸国」に対して優越すると信じる小中華思想の時代が長く続いた。近代に至り、宗主国である清が日本に日清戦争によって敗れると小中華思想は現実面で立ち行かなくなる。小中華思想の上では劣等でなければならない日本によって併合・近代化され、日本文化が大量に流入すると、日本に対する劣等感や反日感情が広がった。第二次世界大戦後に独立したが、国民国家形成と国際的な認知を得るために必要な自民族の歴史と文化に基づいたアイデンティティーが不足することとなった。そこで、既に世界的に認知度の高い日本文化や中国文化などを韓国起源と剽窃することで、国家アイデンティティの形成、海外からの認知向上、自国を併合地化した上に、長年大国として君臨してきた日本・中国に対する劣等感の克服を同時に、容易に果たそうとしていると考えられている。極度に侮蔑的な対日論評を日常的に行っている。正統派の歴史学者が偽史や起源説に異議を唱えにくい状況になってしまっている。また、日本人学者が起源説を否定した場合「歴史を歪曲する日本の右翼学者」とレッテルを張られ、深く議論されることはまずない。そのため、韓国の学会ですら全く認められていないか疑問視されているような起源説であっても、否定する言説が表れないため、韓国大衆に「事実」として認識され広まっていくケースが多いとしている。

韓国の朴正煕元大統領は自著『国家・民族・私』で、次のような言葉を遺している。

・「我が半万年の歴史は、一言で言って退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった」
・「姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会の一つの縮図に過ぎない」
・「わが民族史を考察してみると情けないというほかない
・「われわれが真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあっても、この歴史を改新しなければならない。このあらゆる悪の倉庫のようなわが歴史は、むしろ燃やして然るべきである

さらに自著『国家、民族、私』で、李氏朝鮮について次の言葉を遺している。

・「四色党争、事大主義、両班の安易な無事主義な生活態度によって、後世の子孫まで悪影響を及ぼした、民族的犯罪史である」
・「今日の我々の生活が辛く困難に満ちているのは、さながら李朝史(韓国史)の悪遺産そのものである」

「今日の若い世代は、既成世代とともに先祖たちの足跡を恨めしい眼で振り返り、軽蔑と憤怒をあわせて感じるのである」

朴正煕は朝鮮史における事大主義と属国性を自覚し、自著『韓民族の進むべき道』で韓国人の「自律精神の欠如」「民族愛の欠如」「開拓精神の欠如」「退廃した国民道徳」を批判し、「民族の悪い遺産」として次の問題を挙げている。

・事大主義
・怠惰と不労働所得観念
・開拓精神の欠如
・企業心の不足
・悪性利己主義
・名誉観念の欠如
・健全な批判精神の欠如

歴史教科書では、「先進的な韓国が未開な日本に文明を授けてあげた」という歴史観が一貫して強調されており、日本に対して、日本の独自性の強い社会・文化や、日本が最も影響を受けた中国との東シナ海交易ルートや、日本から外国への文化伝播が存在しないかのような誤解を与えている。また、朝鮮半島が歴史上ほとんどの期間中国の従属国で政治・社会・文化の面で隷属していたことに殆ど触れられていないため、韓国人が「歴史的に朝鮮は文化先進国」という認識を一層強くする原因となっている。

西尾幹二は、「韓国は日本のコピーである。だから、ほかでもない、韓国人は韓国のコピーを日本にさせたい。それは妄執に近い彼らの欲望となっている。日本海を東海と呼ばせようとするのも、空手の一流派をテコンドーと名づけてオリンピック競技に仕立て、韓国起源を演出するのも、『竹島の日』が出たらただちに『対馬の日』と言い立てる荒唐無稽も、こういう子供っぽいことをしようとするのはすべてみな日本を意識しての話であって、世界地理学会が古くから日本海と名づけ、日本人が長い伝統を持って柔道を世界的に普及させてきた....等などの日本の真似をそっくり演じ、しかもそれを日本にも強制する。コピーのコピーをさせようとする」と分析している。

中宮崇の分析:1998年に韓国の各マスコミが『日本人サッカー選手の中田英寿は、実は在日3世である』と報じてしまい、中田本人から抗議を受けたという事件である。これは韓国マスコミの特殊なミスリードではない。実は同様の捏造報道は、気づかないところで数限りなくなされているのである。

桜井誠の分析:「韓国人の日本文化朝鮮起源説は、対日劣等感の裏返しであり、言い換えれば朝鮮にはまともな文化がなかったと認めているのに等しい。常に歴代中華帝国の徹底的な蹂躙を受けてきた朝鮮半島では、自分たちを小中華と呼んで中華の正統な後継者と勝手に位置づけ、また中華文化圏からいち早く抜け出した日本などを東夷と呼んで蔑むことで、かろうじて崩壊寸前の精神の均衡を保ってきたのである。現在に到るまでの朝鮮に共通しているのは『日本のような東夷に立派な文化などあるはずがない、あるならそれはきっと朝鮮半島から渡来したはずだ。世界が日本の文化を賞賛するのは間違っている。賞賛するなら宗主国たる朝鮮を賞賛するべきだ』と多くの人が本気で思っている事であろうか。だからこそ、今後も世界で賞賛されるような日本の文化が表に出てくれば、必ず『それは朝鮮起源だ』と主張してくるであろう。日本文化朝鮮起源説とは、まともな文化を何一つ持つ事が出来なった朝鮮民族の悲しい叫びなのである」「韓国では、あらゆるものが韓国起源であると本気で信じている輩が大勢いる。さすがにトンデモ話として韓国でも受け止められているだろうが、『10万年ほど前に存在した朝鮮語が世界の宗主言語だ』という主張をのたまう韓国人も少なくない。韓国にまともな歴史や文化が存在しない事は、少しでもかの半島の歴史を勉強した方なら納得いくことだろうが、だからこそ屈辱にまみれた朝鮮の歴史を認める事が出来ない韓国人たちは、たとえ捏造してでも、自分たちがいかに誇らしき民族であるかを世界に示したいのである。韓国人の歴史や文化に対する劣等感は、日本人には想像できないほど凄まじいのである

韓国起源説より


確かに、日本がノーベル賞を受賞したのはカネの力だと思っている韓国人が多いという。それはオリンピックやW杯で韓国自身がカネの力で判定を買ったことが多々あるから、他国も同様なことを行っていると思っているのであろう。実際、「元FIFA副会長の韓国人が、2002年の日韓W杯の審判買収を自慢する」という事件や、大韓レスリング協会会長を務めていた人物が、「北京五輪当時、金を五輪の審判たちに渡した」と話したことがありました。→「元FIFA副会長の韓国人が、2002年の日韓W杯の審判買収を自慢する!」 では、賄賂好きな韓国が、なぜノーベル賞が受賞できないのかと疑問に思っている韓国人が多いことであろうが、そのこと自体、ノーベル賞はカネの力では受賞できないという証明になっているのです。

黒鉄ヒロシさん『韓中衰栄と武士道』(角川学芸出版1500円+税)

 ウソ八百を並べたてて“日本の悪口”を世界中に言い触らし、領土をかすめ取ろうとする、厄介極まりない「2つの隣国」。かの民族の摩訶(まか)不思議なアタマの中を“猛毒とユーモア”で斬りまくる。本紙連載「黒色鉄筆」を大幅に加筆修正した。 (文・大谷順 写真・大橋純人) 

例えば、韓国の裁判所は、1965年の日韓基本条約で「解決済み」の賠償問題を個人には認める“おかしな判決”を出した

 「欧米の植民地政策は、搾取できるだけ搾取して原住民は無視。つまり“愚民政策”ですよ。それに比べて日本は朝鮮に物心両面で、ものすごい支援をした。とてもじゃないが“植民地支配”などというものではなかったんです。それなのに今ごろになって『解決済み』の問題を持ち出して、(韓国の裁判所が)『個人補償は別だ』なんて、もはや三権分立ならぬ“三権分裂”ですな」


 「実は世界中で『誠』を信じ、守ってきた国は日本だけなんですよ、これが。欧米だってひどいもんです。韓国なんか、これまでの歴史で、一度も“イイ思い”をしたことがないもんだから、平気でウソをついて糊塗(こと)しようとする。中国は、相手に何か言われると、即座に『その倍!』と言い返す子供に似ている。『中国の歴史の長さ』だってエジプトなどに負けじと、どんどん伸ばしちゃう。誇るべきことを間違えてますよ」

 「一冊の本が一国を救うこともある。新渡戸(にとべ)稲造が明治時代に英文で書いた『武士道』がそうでした。これを読んだアメリカのルーズベルト大統領が感動して、日露戦争講和の仲介役を務めてくれた。今こそ、日本人は『武士道の精神』を思い出すべきでしょうね」

中韓にはそろそろ言うべきことを言った方がいい 黒鉄ヒロシさんより
2014.10.05



この本を図書館で見つけたときには、心の中で「うわー、『英国一家、日本を食べる』の二番煎じ本キター!」と苦笑してしまいました。
実際は、この本は『英国一家』が売れたので書かれた、というわけではなく、それぞれ独立した企画みたいなんですけどね。

東京はどことなく非現実的な都市だ。映画や小説にでも出てくるような、ネオンサインがあふれる仮想現実都市。商店街を歩けば、焼き鳥のにおいが鼻をくすぐる。子供は安心して外で遊べるし、親が付き添わなくても子供ひとりで電車に乗って遠出ができる。アメリカのおおかたの高級レストランよりも丁寧に接客してくれるドーナツチェーン店もある。犯罪や薄汚れた風景、味気ない食事とは無縁の巨大都市。こんなふうに書くと、地球上に実在する都市というより、ユートピア小説に登場する空想都市のように聞こえるかもしれない。

東京でおいしい食べ物を見つけるのはとても簡単だ。東京自体がまるでひとつの巨大なレストランのようなのだ。東京でひと月ほど暮らしているあいだに、何かを食べてがっかりした経験は、たった一度しかない。しかもそれは、実際にはまずいというほどではなくて、味が薄かったにすぎない。西洋人の目には少し奇妙にも映る、近所の安食堂でも食事を楽しんだ。食べ物はどれもおいしく、その味を思い出すだけで、いてもたってもいられない気持ちになる。東京について考えるといつも感傷的な気分になり、ホームシックにかかってしまう。今まで東京以外の土地にそんな思いを抱いたことはない。考えるたびに、東京に行きたくてうずうずしてしまう。

 この本を読んでいると、東京の「普通」は、アメリカ人にとっての「普通」ではないのだ、ということがよくわかります。 そして、日本人が意識しているよりも、はるかに日本は「特別」であり、優れているところがたくさんある、ということも。 ただし、この本を読んでいると、日本人は「子供がいる家族」に対しては、とくに優しく接するところがあるのかな、という気もします。

【読書感想】米国人一家、おいしい東京を食べ尽くすより
fujipon 2014年10月05日


 

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