駄文・散文帳
2014年08月31日 (日) | 編集 |

嫌韓の時代は終わったより抜粋
2014年08月29日 フリーランスライター 山田高明

『誅韓論』(晋遊舎)という本が発売直後から話題になっていると聞いて、一読してみた。あえて否定も肯定もしないが、題名からして、物凄く議論を呼ぶ内容であることは保障できる。おそらく、少し愚かな人は、例によって「下品な嫌韓本だ」「ヘイトスピーチだ」というレッテル貼りの思考停止で終わってしまうかもしれない。だが、少しでも文章を精読し分析できる人ならば、もっと重要なメッセージを汲み取ることができるはずだ。これほど「日韓関係の転機」を象徴している、あるいはもたらすかもしれない本はない、と気づく人もいるに違いない。実際、この本を通して見えてくるのは、戦後約70年ぶりともいえる日韓関係の「パラダイムシフト」そのものなのだ。

この本のユニークな特徴は、私も含めて多くの日本人が漠然と信じてきたある種の常識というか固定観念を徹底して否定していることだ。従来、日本人は、韓国に関して「幻想」や「誤解」を抱いてきたと、著者は主張する。それが以下の三つである。

1・韓国は大陸に対する防波堤であるとの考え。
2・日韓は自由と民主主義・法治主義などの価値観を共有しているとの考え。
3・韓国は日本企業にとって欠くことのできない市場であるとの考え。


著者は数々の証拠を挙げて、この三つの考えが間違いであることを論証していく。とりわけ前二つを、「韓国に対する美しい誤解」といって斬り捨てる。

では、なぜ日本人は長年に渡りこのような「常識」に呪縛されてきたのか。著者によると、第一にアメリカが自国の世界戦略上、日韓を無理やりくっつけたこと。第二に日韓の国内事情が接着剤として機能してきたこと等が挙げられるという。後者についてはさらに二つの理由に分かれる。一つは、「国内の共産化だけは食い止めたい」という日韓の保守層の思惑が一致したこと。つまり「自由と民主主義」ではなく「資本主義」の価値観は共有していたのだ。もう一つは、旧帝国時代からの日韓の古い人脈がそのまま米支配下の反共連帯へとうまくスライドしたこと。この二つが日韓の接着剤として機能してきた。

だが、日韓を互いに縛り付けていたこれらの装置が終焉を迎えているという。その結果として、日本人が上の「三つの幻想」から目覚める日もそう遠くないとする。

これは日本国民に驚くべき発想の転換をもたらす可能性がある。なぜなら、従来の日本の対韓政策は、まさにこのような韓国観の上に立脚してきたからだ。だからこそ、これまで一種の常識として、「中国に取り込まれないように韓国をこちら側に引き寄せろ」とか、「第二次朝鮮戦争になった場合、韓国側に立って参戦する米軍の兵站を支えるべきだ」などと言われてきたのである。

従来、韓国はこうして己の戦略的価値を日本に高く売りつけることによって、やりたい放題することができたという。そのような対韓政策を正当化する思想的基盤そのものを徹底して否定しているのが、この「誅韓論」なのである。

仮にこのような主張が広まり、従来の常識的韓国観に上書きされていった場合、当然ながら世論は、「韓国なんか軍事的に支える必要はないじゃないか」とか、「別に中国に吸収されても構わないではないか」という結論に自然と行き着いてしまう。正確には、著者は一歩先を進めて、「中国による半島吸収を是認し、極東を日清戦争前に原状回復したらどうか」とさえ訴えている。その行き着く先は韓国の「自治区化」である。その背景として、環境破壊によって自国の生存条件を悪化させた中国人が朝鮮半島へ生存圏を拡大したがっているとの推測があり、これは私が過去にアゴラで書いた「中国人は朝鮮半島への民族大移動を始める」を参考にしているようだ。著者は、韓国は治療不可能な反日国家であり今や安全保障上の敵国であるから、そうやって処分したらよい、それが戦わず殺さずして韓国という危険要素を排除する方法なのだと、そう真面目に訴えているのである。

嫌韓の役割が終わり、次の段階へと移行する日本社会

以上は、本の内容のごく一部にすぎない。しかし、私的にツボを突かれたポイントなので紹介した。一見何気ないことのようで、こういう考えが広まれば、まるで蟻の群れがダムを掘り崩してしまうように、最終的には対韓政策の大転換に繋がっていく可能性がある。

さて、私的には、こういう内容の本が出版され、話題になるという社会現象それ自体にも興味がある。そもそも、これはもはや“嫌韓”とは呼べないのではないか。従来の嫌韓本や嫌韓記事の意図するところは、ネガティブ情報の提供である。韓国ってこんな奇妙な国ですよ、異常な反日の国ですよ、アブノーマルな国ですよ、だから付き合う上で注意しましょう、無理に付き合うのはよしましょう、と暗に訴えるものだ。一番厳しくても「こんな国は捨て置け」という“離韓策”に留まる。ところが、「誅韓論」が従来と根本的に異なるのは、相手はすでに安全保障上の「敵国」であり将来はもっと危険な存在になるから、こっちから戦略的に動いて潰してしまえと、堂々と論陣を張っている点なのだ。

従来、嫌韓それ自体は昔からあったが、マニアックな領域に留まっていた。朝日新聞などが北朝鮮の立場にたって朴正熙独裁政権批判を繰り広げていた時代もあったが、それでも大半の日本人は韓国について無関心だった。それを思うと、隔世の感を禁じえない。

今日の「草の根嫌韓」的な大衆感情が生じたのは、2002年の日韓ワールドカップ以降だとする点で、かなりの意見が一致している。マスコミによる強迫的な日韓友好の空気に、多くの人が苛立ちを爆発させた。故・片岡鉄哉博士もあまりの報道管制ぶりを見て、日本にはまだまだ言論の自由がないと嘆いておられた。ネットではその瞬間から「草の根嫌韓」が野火のごとく拡大した。ただ、その率直な感情が「書籍化」という形で現実社会に噴出するまでに数年の時を要した。その第一弾が、本の冒頭でそのワールドカップにおける韓国チームの不正を告発した2005年の「マンガ嫌韓流」(晋遊舎)であった。

奇しくも、この「誅韓論」も同じ版元だが、「精神世界で生じたものが現実社会に反映されるまでに少し時間を要する」という法則からすると、「実は数年前から日本人の間で“誅韓感情”が始まっていたのではないか」という仮説が容易に成り立つ。すると、02年の日韓ワールドカップに匹敵する転換イベントがあったのではないか。私はそれが、2012年8月の、当時李明博大統領による竹島上陸であり、天皇陛下侮辱発言であり、野田総理の親書突き返しではなかったか、と思うのである。

つまり、今から2年前のあの事件の時、おそらく過半数の日本人の間では、嫌韓は終わっていたのである。以来、日本人の精神風景がダイレクトに反映されるネットの世界では、とっくに「次の段階」へと移行していたのだ。それは韓国を「敵」と見なした上でいかに対処するか、という段階である。その日本人の内面がようやく現実社会に噴出し始めたということだ。その一つの顕れがこの本の登場であろう。

考えてみれば、何も不思議なことはない。韓国は盧武鉉・李明博・朴槿惠と三代続けて反日政権を輩出した。日本人がいつまでも「韓国を嫌う=嫌韓」程度で留まっているはずがない。それはもはや日本人にとって常識であり前提となった。マーケットでいう「織り込み済み」というやつである。韓国はこれから「嫌うだけはすまない相手」と見なされる。中国はすでに「敵」と認識されて久しい。政府が市民を扇動し「デモ」と称して日本企業を襲撃させ、放火するような国だ。日本の領海を侵犯しておきながら「日本のせいだ」と因縁をつける国だ。とうていまともな国ではない。これから韓国もそういう扱いになる。

この「誅韓論」の出版が示すのは「現実社会での嫌韓の終わり」だと思う。以後、日本は「懲韓・倒韓・誅韓・討韓・殺韓の時代」へと移行していく。その空気はまさに暴支膺懲ならぬ暴韓膺懲である。それらは鏡が光を反射するように、正確に韓国の反日政策を反映したものであり、韓国にとっていわば自業自得である…。

さて、私は眼前で起きている社会現象から以上のようなシグナルを読み取った。果たして日韓関係はこれから敵対関係へと移行するのか。皆さん自身で判断してほしい。


日本のマスメディアは、サッカーや野球などスポーツにおける国際試合の報道で、韓国を「ライバル」と必ず言う。韓国は他の多くの国と同様の表現で良いところを、あえて特別視するのである。そのようなリップサービスは無用なことを、いまや多くの日本人は知っています。上の記事にあるように「マスコミによる強迫的な日韓友好の空気」は、思い出すだけでもウンザリです。そもそも日韓共催は国際サッカー連盟(FIFA)のアヴェランジェ会長・南米派と反会長・欧州派FIFA内部の政治的対立の産物でした。

2002 FIFAワールドカップより一部抜粋

これまで、FIFAワールドカップ(以下W杯と略すことあり)は欧州と南北アメリカ間で交互に行われてきたが、1986年にアヴェランジェ会長(当時)が「初のアジア・アフリカ大陸による開催」案を打ち出した。その後、同会長から大会開催の打診を受けた日本サッカー協会が各国に先駆けて招致に名乗りをあげ・・・

その一方で、FIFAが想定するアジア初のワールドカップ開催に日本が立候補すると知った韓国は「アジア初」を賭けて日本に続く形で1993年11月に立候補を表明、1994年の初めに招致委員会を組織した。

その後、1997年後半に韓国はアジア通貨危機に巻き込まれてデフォルト寸前の不況に陥り、国際通貨基金(IMF)の管理下に入った。IMF経由の日本を中心とした金融支援やIMFによる米国式経済の導入によって大量の失業者を生みながらも経済はV字回復した為に最後まで日本単独開催には至らなかった。しかし、経済回復は対米輸出に頼った状態であった為に2001年のアメリカ同時多発テロ事件で韓国経済がまたも失速し、試合会場となるスタジアム建設が滞る事態となった。そこで、国際協力銀行(旧日本輸出入銀行)がスタジアム建設費として2億ドルの融資を計画したが、韓国政府が断り、中止になった。結局、韓国でのスタジアム建設は続けられて日韓共催はようやく実現した。

韓国代表に対する判定などが問題視され、インターネット上を中心に審判の買収疑惑などが論議されるなど、嫌韓感情の台頭の契機ともなった。

日本国内では全試合完売だったのに対し、韓国国内では大量にチケットの売れ残りが発生、韓国国内で開催される決勝トーナメントですら空席が大量に発生した為に韓国政府が学生を動員して何とか会場の空席を埋めた。特に、西帰浦市で行われた決勝トーナメントの「ドイツ対パラグアイ戦」は韓国組織委員会の動員にもかかわらず、会場の空席が4割に達した。

詳しくは「日韓共催ワールドカップと韓国問題」をご覧ください。「明石家さんまの謝罪事件」などからも分かるように「当時、日本のメディアは、多くの韓国人が日本の敗北を願い、試合に負ければ多くの国民が大喜びするという異常な価値観の人々であることを報じることなく、日本だけが一方的な悪意にさらされながら「日韓友好」という虚しい美名のもと、韓国を『友』として賛美し続けたのです。」

「韓国が世界から嫌われているのは、それなりの理由があるからだ」には、「2002年日韓ワールドカップ、著名サッカー人の韓国評」を載せています。是非ご覧ください。

日中韓が倣うべき「英・アイルランド」和解への道程より抜粋
8月15日 新潮社 フォーサイト  ジャーナリスト 西川恵

 今年4月、アイルランドのマイケル・ヒギンズ大統領(72)が英国を国賓待遇として 初訪問した。アイルランドが英国から独立して1世紀近く、やっと実現した訪問だった。些か旧聞に属するが、 両国の和解は歴史問題でギクシャクする日本と中韓にとっても参考になるはずであり、いま敢えて再考したい。

 ヒギンズ大統領は4月8日から11日までの4日間、英国に国賓として迎えられた。アイルランドが英国から独立したのは1922年。同大統領は英国を訪問する初めてのアイルランド大統領となったが、92年もの間訪英できなかったのは、近年までの英・アイルランド(愛)関係があった。

 英国は約8世紀もの間、アイルランドを植民地にして過酷な支配を敷き、最後の121年間は英国に併合した。アイルランドは武装闘争の末に独立を勝ち取ったが、独立に際してアイルランドの北部地域(北アイルランド)が住民投票で英国残留を決定したことが英愛関係をこじれさせた。

 北アイルランドの英国残留に不満をもつ北アイルランド内の少数カトリック系住民は、英国残留支持派の多数派プロテスタントと対立し、60年代から双方の過激派によるテロの応酬に発展した。さらにアイルランドの人々がカトリック系住民を支持したのに対し、英国の右派はプロテスタント系住民を後押し、両国は植民地・併合時代の歴史問題に加え、「北アイルランド問題」で対立を深めた。

 しかし国際社会の粘り強い調停努力と英愛の歩み寄りもあって、2007年にプロテスタントとカトリックの最強硬派の幹部を首班とする北アイルランド自治政府が成立。これによって英愛和解の環境が整った。2011年5月、エリザベス英女王が初めて英国元首としてアイルランドを国賓待遇 で訪問。ヒギンズ大統領の訪英はこの答礼で、これによって両国は名実ともに和解を果たすことになった。

■1000年待ち続けた城で

 歓迎スピーチに立ったエリザベス女王はこう述べた。

「このウィンザー城は1000年前に作られました。この間、両国はさまざまな歴史を経験しましたが、このお城はきょうこの日に大統領をお迎えするべく1000年待ち続けていたのです」

「両国の目標は隣人、友人として、互いの主権と伝統を尊重して暮らすことです。両国の歴史において避け得た痛み、後悔する痛みはまだ多くの人が感じていますが、両国の目標は指呼の間にあります」

「私たちは過去を忘れはしないでしょう。しかし過去が我々の未来を人質に取ることを許してはならないのです。これこそが我々が両国のこれからの若い世代に与えることのできる最大の贈り物なのです」

■歴史に囚われるな


 女王は杯を挙げ、招待客も起立してこれに倣うと、アイルランド国歌が演奏された。続いてヒギンス大統領が答礼スピーチに立った。本国では政治家よりも知識人として知られる詩人の大統領はこう述べた。

「女王が3年前に我が国を訪問された折、我々が感銘を受けたのは女王が過去の影に尻込みしなかったことです。両国関係を考えるとき、過去の影を無視することはできないことを女王は態度で示されたのです」

「過去は尊敬をもって評価されねばなりませんが、過去が現在ある潜在性や未来の可能性を危機に晒してはなりません。私の英国訪問は両国の温かさと成熟を示すものでもあります」

「失われた命を共に後悔するとしても、英愛が共有する歴史の痛みが両国民の未来の創造を妨げるようなことになってはいけないのです」


 こう述べて大統領がエリザベス女王と杯を合わせると、英国国歌「ゴッド・セーブ・ザ・クィーン」が奏でられた。

 晩餐会での両元首のスピーチは、広く両国民に対する呼びかけと訴えでもあった。女王と大統領が言わんとしたことは同じだ。「歴史を忘れるべきでないが、歴史に囚われてはならない」ということである。

■秘訣は「3つの精神」

 ヒギンズ大統領は滞在中、英国の上下両院議員を前にスピーチを行う栄誉に浴し 、また国会議事堂にある無名戦士の墓に献花して黙とうした。無名戦士の中にはアイルランドの人々も含まれている。アイルランドが英国に併合されていた第1次世界大戦中、アイルランドの若者は英国兵として徴兵され、戦地に送られたからである。この大戦ではアイルランドの若者4万9000人が亡くなっている。

 11日夕、ヒギンズ大統領夫妻は3泊4日の英国訪問を終えて帰国した。

 英愛両国は日中、日韓とは比べようもなく長く過酷な歴史を経てきた。おびただしい反乱と弾圧と流血の歴史でもあった。しかも独立後も北アイルランド問題を抱え、これが最終的に解決したのはつい7年前である。しかし英愛両国はついに和解に踏み切った。

 その秘訣は何かと言うと、プラグマティズム、歴史問題を政治に利用しない、歴史を忘れないが囚われない未来志向、の3つの精神だったと思われる。
21世紀初め頃まで、英愛関係のこじれに比べ、日中、日韓関係の方がはるかに克服しやすいと思われていた。しかしいま英愛関係にさっさと追い抜かれてしまった。エリザベス女王とヒギンズ大統領のスピーチから汲み取るべきものは小さくないのである。


上の記事に、英国とアイルランドは「日韓とは比べようもなく長く過酷な歴史を経てきた。」とありますが、これに関して的確に解説しているブログ「株式日記と経済展望」があります。以下に、その一部を引用します。

日本と韓国の関係は英国とアイルランドの関係に良く似ている。この事は以前にも書きましたが、ただ大きく違うのは日本が韓国を併合していたのは36年間であり、英国がアイルランドを植民地支配し併合していたのは8世紀にも及ぶという事だ。もっともイングランド自体は11世紀にフランスのノルマン人に征服された国であり、公用語もフランス語となりイングランド自体がフランスの一部となってしまった。

その後のノルマン王朝の内紛などでフランス本国と分家のイングランドとは100年戦争やばら戦争などで戦争を繰り返しているうちにイングランドとフランスは別々の国になった。分かりやすく言えばイングランドはフランスの植民地だった。スコットランドやウェールズは植民地とはならず再統合されて英国となった。アイルランドもスコットランドやウェ-ルズと同じケルト人の国家であったが統合された。

しかしフランス自体もローマ帝国の植民地であり、フランス語自体も南部ラテン語であり神聖ローマ帝国と名乗っていた時代もあった。だから本国と植民地の関係は、本国の内乱や衰退に伴って植民地から国家になっていった。日本と韓国は、日本の大東亜戦争に敗北したことで分離独立しましたが、アイルランドも大英帝国が第一次世界大戦中に独立戦争が起きて独立した。

本来ならば大東亜戦争中に朝鮮半島で独立戦争が起きていれば問題はなかったのでしょうが、日本の敗色が濃くなっても朝鮮や台湾では独立戦争は起きていなかった。これが現在の韓国のアイデンティティの問題となっており、日本の植民地統治が良すぎて独立心を失ってしまっていた。韓国や台湾は日本が戦争に敗れたので独立させられてしまった。

韓国の5000年の歴史と言うのはファンタジーであり韓国や中国の歴史は65年ほどの歴史しかない。イギリスやフランスやスペインと言った国も500年前には存在していなかった。ドイツやイタリアも離合集散を繰り返していて出来たのは最近だ。だから過去の歴史を取り上げて現代の国家を非難しようにも無理がある。


文明国同士の戦争ならば勝敗の目途がついた時点で講和がなされますが、野蛮国は戦争に勝つとやりたい放題の事をして敗戦国を滅ぼして別の国にしてしまう。大英帝国もアイルランドに圧政を加えて人口が戦争によって3分の1が死んで土地が取り上げられた。さらには大飢餓にも陥れて800万人の人口が1911年には410万にまで減ってしまった。英国人はアイルランドに悪の限りを尽くした。

それに比べると日本による朝鮮統治時代には、1300万人ほどから36年間に2512万人ほどに増えている。インフラの整備や衛生環境の向上で経済発展して平均寿命も延びて人口が増えた。戦後も日本からの戦後賠償金や資本や技術移転などで韓国経済は発展して人口も韓国だけでも5000万人まで増えた。

アイルランドが800万人から410万人に減ってしまったのは海外への移民などもあったのでしょうが、日韓併合時代も朝鮮人は満州や中国に移民する事は出来ても多くは移民しなかったのは日本が善政を行っていたからだ。本当に韓国人が言うようなひどい事をしていればアイルランドのように人口の大激減が有ったはずだ。人口だけは誤魔化す事が出来ないからだ。

韓国がいまだに日本の映画やテレビドラマや音楽を抑圧しているのは、文化摩擦であり韓国文化に弱点があり、韓国語自体やハングルなどに問題があり、日本語を遮断しなければ独立を保てないからだ。韓国では漢字を使わなくなり欧米などからの科学技術を翻訳する時に意味が正しく理解できずに受け入れなければならない。中国も事情は同じであり、近代科学を理解するには英語か日本語が出来ないと難しい。

アイルランドもアイルランド語を復活させようとしたが、科学技術などの影響は大きく、国民も英語を選択するようになった。韓国政府が恐れているのはこのような事態であり、だから日本の映画や音楽を遮断してハングル教育を自画自賛している。しかし日本語が分からなれば韓国の歴史も分からない。韓国の反日はそうしなければアイデンティティーを保てないからだ。


 

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コメント
この記事へのコメント
私もおんなじです
ブログ主さんの言う通りだ。

私のあの2002年の時のマスコミの報道管制に
耐えられなかった一人です。

当時、韓国人は、日本の敗北を喜び、汚い試合をして
勝ち進んでいた。

それに対して、テレビでは、誰も、何も批判せず、「友好」一色でしたね。

私も本当にウンザリした。

そして2012年のネズミ大統領の竹島上陸。もう頭にきますね、この国は。
2014/09/06(土) 18:51:11 | URL | 侍フラメンコ #-[ 編集]
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