駄文・散文帳
2014年06月12日 (木) | 編集 |

旧態依然とした修学旅行の場を借りた「平和教育」は時代遅れ
2014-06-09  木走日記

8日付け朝日新聞記事から。

修学旅行生5人、長崎の被爆者に暴言 横浜の中学校謝罪
山本恭介、岡田将平
2014年6月8日00時17分
 長崎原爆で被爆し、語り部として活動している森口貢(みつぎ)さん(77)=長崎市=が5月、修学旅行で同市を訪れた横浜市の公立中学校3年生の男子生徒5人から、「死に損ない」などと暴言を吐かれていたことが分かった。森口さんは学校に抗議し、校長が電話で謝罪した。被爆者団体は「生徒たちに学ぼうという気持ちが足りない」と嘆いている。
 森口さんや学校によると、3年生119人が5月27日に長崎市を訪れ、森口さんが所属する「長崎の証言の会」の9人が班ごとに被爆遺構を案内した。
 森口さんは10人ほどを爆心地から600メートルほどの山里小学校へ案内。話を始めようとした際、別行動をしていた男子生徒5人が近づき、「死に損ないのくそじじい」と大声を上げ、周りの生徒に向けて「笑え」「手をたたけ」などと言ったという。
 森口さんは翌日、「多くの被爆者の方に申し訳なく、つらい時間でした」と記した手紙を校長に郵送。今月3日に学校へ電話すると、校長から「すみませんでした」と謝罪されたという。
 校長は取材に、暴言の前に森口さんが、態度が悪い男子生徒1人に「出て行け」と言って叱った経緯があったと説明。「(暴言は)逆恨みをして言ったのだろうが、許される言葉ではなく反省を促したい」と話した。今後、生徒の感想文と校長の謝罪文を送るという。
 森口さんは原爆投下後に長崎市中心部に入り、入市被爆をした。小学校教諭を退職後、1998年から被爆遺構の案内や講話をしている。現在は長崎の証言の会事務局長。森口さんは「こんな経験は初めて。被爆69年となり、戦争や原爆をひとごとと感じているのだろうか。本気で向き合ってもらえなかったことが悔しく、悲しい」と話した。
(後略)
http://www.asahi.com/articles/ASG673RG9G67TOLB001.html?ref=reca

さて、本件は一部中学生達の年長者に対する礼節を欠いた反社会的愚行です、単にバカの話です。

 その上でですが、本件の背景的な側面を考察したい、すなわち日本の戦後における学校教育現場における「平和学習」、いわゆる平和教育の有様について一石を投じている「事件」とも見なせると思いました。

 日本では、平和教育は、国際理解教育、同和教育、性教育などとともに、人権学習の大きな柱であると日教組などから重視されてきました、教育全体の目標の一つと掲げられてきた経緯があります。

 平和教育の実践の場としては、反戦映画の校内映写会を実施することも多いですが、最も大きいものは今回の「事件」の現場にもなった修学旅行であります。

 西日本の小・中学校では、広島・長崎における原爆資料館の見学・語り部の講話・平和公園での慰霊などがコース化されており、広島の平和公園では、全校児童から託された千羽鶴や平和へのメッセージを手向けることなども多いわけです。

 特に高等学校で活発なのが、韓国・中国・台湾への修学旅行であり、日本統治時代の支配について学習を深めることが主体となります、まあ最近は、対日関係の悪化による自粛ムードもあり減少傾向にあるようですが。

 長崎では、2005年(平成17年)に大阪府の中学校修学旅行団が野次を飛ばして講話をさまたげましたし、一方で、昭和天皇の戦争責任や自衛隊のイラク派遣などの私見に終始して被爆体験を語らない語り手がいるなど、「特定の政治的立場を植え付けている」(偏向教育)結果になっていると指摘されているケースもあるわけです。

 戦後69年、戦争体験者の高齢化もあり「語り部」達のコミュニケーションスキルの問題も含めて、「平和教育」の有り様が問われるいるのではないでしょうか。

 きつい表現をあえてしますが、修学旅行先で東京ディズニーランドやハウステンボスが人気を博しているこの時代に、ご老人を語り部にする「平和教育」コースが、学生の関心を引く点で、アミューズメント系施設に太刀打ちできようはずもありません。

 さらに現在の若者たちは韓国や中国の反日的活動が常態化している時代におります。

 ネットなどで胡散臭い彼らの反日宣伝活動(プロパガンダ)をよく知っています。

 古色蒼然とした語り部たちの「反核・反戦」の主張を、反日イデオロギーに染まった偏向した史観と思想を押し付けられていると、現代の真面目な生徒達が捉えてしまったとしたなら、せっかくの体験談も平和教育としては効果が薄れてしまいます。

 今回「死に損ない」などと暴言を受けた語り部は「多くの被爆者の方に申し訳なく、つらい時間でした」と語っていますが、真面目な学生たちにとっても平和教育を目的とした修学旅行自体が「つらい時間」であっては、本末転倒でありましょう。

 もうこのような修学旅行の場を借りた「平和教育」は時代遅れなのではないでしょうか。


日教組が主導してきた平和教育なんて教育の名を借りた洗脳であり、特定アジア(中国・北朝鮮・韓国)の都合がいいように教育し、日本を弱体化するのが目的。だから、彼らの主張は、中国・北朝鮮・韓国の主張とそっくりです。そして、日教組の主張は、朝日新聞・毎日新聞・民主党、共産党、社民党など左翼政党とも同じ。11日に行われた安倍首相との党首討論で、民主党の海江田代表が集団的自衛権と歴史認識問題を絡めて安倍首相を批判しましたが、やはり、その理屈は中国政府とうり二つ。しかし、今回の海江田氏には、朝日新聞さえも呆れたらしい。民主党には人材がいない。そもそも日教組のボスである輿石東氏がいる民主党なんて死んだも同然。誰が支持をするのか。
→ 海江田氏、党首討論で中国ソックリの論理披露 朝日も突き放す

さて、「世界の嫌われ者?韓国」をご覧になると、韓国の民度が分かるというものですが、さらに池田信夫氏が端的に分析されています。大変興味深い。

韓国はなぜ民度が低いのかより一部抜粋
2014年06月09 池田信夫blog

今週のメルマガでもちょっと書いたが、日本人と韓国人は遺伝的にも地理的にもほとんど同じなのに、極端に国民性が違うのはなぜだろうか。それは先日も紹介した不完備契約理論で説明できる。

中国と朝鮮に共通するのは、民衆を徹底的に無知な状態に置く愚民主義である。それでも中国の実質的なガバナンスは宗族に分権化されていたが、朝鮮は国家にすべてを集中したので、今の北朝鮮のような統制経済になり、多くの餓死者が出た。つまり愚民主義の伝統が国家を安定させる一方で経済を停滞させ、民度を低下させたのだ。

これに対して、形式的な権威を天皇に集中して実質的な情報を分散した日本では、平和が続くと情報は下へ下へと分権化され、民衆の知的水準は高まった。江戸時代の識字率は、百姓でも50%を超えたといわれる。天皇という「軽いみこし」をかついで民衆が情報をもつことによって、日本は中国や韓国よりはるかに高い民度を実現したのである。



日韓併合は失敗だったより抜粋
2014年06月09日 池田信夫blog

韓国の民度が低いのは、日本にも責任がある。

日韓併合は日清戦争以来の日本の朝鮮支配を条約で追認したもので、これによって日本が韓国を「侵略」したわけではない。むしろ伊藤博文は併合に消極的でしたが、清が満州の帰属をめぐって日本と争う姿勢を強めたため、朝鮮半島を切り離して日本の領土にしました。これは伊藤としては、満韓一体の支配を求める軍部の強硬派との妥協でした。

韓国の国内でも、それに対する反対より賛成のほうが多かった。日本の支配を拒絶することは清の支配を受け入れることであり、没落する清の傘下に入るより発展している日本のほうがいいことは明らかだったからです。独立運動もありましたが、今の北朝鮮のように餓死が出ていた大韓帝国が独立できる条件はなかった。伊藤を暗殺した安重根が「独立運動の闘士」なんて嘘で、彼は単独行動のテロリストでした。

結果的には、伊藤は強硬派にひきずられるように日韓併合を実質的に承認し、1909年に暗殺されてしまう。それをきっかけにして正式に併合したのが1910年の日韓併合条約でしたが、韓国人のいうのとは違う意味でこれは失敗でした。

植民地支配が経済発展の源泉になったのは18世紀のイギリスまでで、その後の植民地支配は戦争や内乱を引き起こし、それを統治するために莫大な軍事力を必要とし、結果的には採算が合わない。イギリスでさえ、インドを自国の領土にするあからさまな植民地支配はしなかった。


日本は朝鮮を直轄支配してインフラ投資をし、大赤字になった。

要するに植民地経営を知らない日本が必要のない直轄支配をしたため、文化的には日本の先輩だと思っていた朝鮮民族の誇りが傷つき、それを戦後の軍事政権が政治利用したのだ。利用される韓国人の民度も低いが、もっと程度が低いのは、彼らのルサンチマンをあおる朝日新聞などの日本のマスコミである。



民度の高すぎる日本
2014年06月10日 池田信夫blog

きのうの「韓国はなぜ民度が低いのか」という記事はいまだに大きな反響があって、BLOGOSでも2日続けて「最も支持された記事」になった。民度の定義は読む人が自分で考えればいいが、少なくとも中国人は自国の民度が低いことを認めている。

 1 日本
 2 アメリカ
 3 フランス
 ・・・
 162 朝鮮
 167 中国
 168 インド

この「国連国民素質道徳水平調査」というのはガセネタだが、中国人の自己意識としては興味深い。日本が好感をもたれているといるというのも定型的事実で、BBCの好感度調査でも2012年には1位、今年も少し落ちたが5位である。

このように民度や好感度が高いことは日本人が誇っていいが、これは「お人好し」という欠点でもある。植民地支配でもイギリスはインドから徹底的に搾取して二度と立ち上がれないように産業を破壊したが、日本は道路や学校などを整備して朝鮮を近代化した。そのあげく「日帝36年」などと恨まれてるんだから間抜けな話だ。

このように日本人の民度が高い原因は、片山杜秀氏によると、平和があまりにも長かったためだという。

平家や南朝のときには将軍の強いリーダーシップが求められる。が、平時に移行し行政事務が増大するにつれて、執権や管領や内管領が台頭せざるをえない。その下に無数の役所や役人がぶら下がる。下で裁量できることは、下へ下へと委任される。こうして実権のありどころは下降し分散してゆく。非常時でなければ、強いリーダーシップなんて邪魔なのだ。(『国の死に方』25ページ)


こうして際限なく権限が下降するのを防ぐため、摂政・関白や元老などのナンバー2が組織をまとめるのが日本の組織の1000年以上変わらないパターンだ。その有効性は「平時」に限られるので、利害の対立する問題を先送りし、平和を維持することが何よりも重要だ。

何が正しいかは判断しないで、すべて足して2で割るのが金丸信のような「元老」のスキルだ、と小沢一郎氏も言っていた。先日、大井町線で酔っぱらいにからまれて警察が来たとき、「お互いに謝れ」というので驚いた。警察も「正義」には関心がなく、喧嘩両成敗なのだ。

これが日本人の平和ボケで、「非常時」に弱い。民度の高い日本人どうしならいいが、中韓のような精神的後進国にそういう洗練された文化を期待すると裏切られる。それは彼らが民族として劣っているためではなく、何千年も続いた愚民政治の産物なのだ。


 

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