駄文・散文帳
2014年05月25日 (日) | 編集 |

「常軌を逸している」 小野寺防衛相が中国軍機異常接近を批判
2014.5.25  MSN産経ニュース

 小野寺五典防衛相は25日午前、中国軍の戦闘機が自衛隊機に異常接近したことについて「(自衛隊機は)普通に公海上を飛んでいるのに、あり得ない。常軌を逸した近接行動だ。あってはならないことだ」と述べ、中国側の対応を批判した。防衛省で記者団の質問に答えた。

 中国軍機の異常接近を公表した理由について「このような近接する中国戦闘機の航行はかつてはなかった」と説明。中国軍の戦闘機にミサイルが搭載されていたことも明らかにした。小野寺氏は24日夜に安倍晋三首相に報告、首相は「引き続きしっかりと態勢を取ってほしい」と指示した。

 小野寺氏は「わが国の領土・領海・領空をしっかり守っていくために、必要な警戒監視を行っていく」と述べた。


現場は、日本の防空識別圏と昨年11月に中国側が設定した防空識別圏が重なるエリア。中国側が勝手に識別圏を設定して以降、このような接近は初めて(領空侵犯はなかった)という。しかし、今回も中国側は「悪いのは日本」との声明を出しています。ウソつき国家なのです。

中国は自国周辺の海洋問題について、常に「中国が問題を創出しているのではない」と主張しています。尖閣についても「軍国主義の復活を阻止しなければならない」とか「日本と中国、韓国、ロシアの領有権争いが、地域の不安定要因になりうる」と主張。

さて、日本政府は、日本も独立国である以上、個別的自衛権も集団的自衛権も持っている、という立場ですが、憲法九条で戦争を放棄しているので、他国を応援する戦争はできないから集団的自衛権は使えない、と説明してきました。「日本は国際法上、集団的自衛権を持ってはいるが、使えない」と。日本ならでは議論、というか日本だけです、こんなことを議論している国は。

むしろ、「日本は国際法上、集団的自衛権を持っているし、行使も可能。」とした方が、抑止力になります。集団的自衛権を認めず、どんな局面においても無抵抗主義をとる方が「戦争」を招く。「空白」をつくることが危険なのです。平和主義ではなく積極的平和主義をとるのが現実的。

猫でも行使する集団的自衛権 国際社会は「個別」と違いなし
2014.05.22 元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一

 安倍晋三首相は15日に有識者懇談会(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)から提出された報告書を踏まえて、政府としての検討の進め方の基本的方向性を示した。集団的自衛権の行使に前向きだが、この方針に対して、護憲派のマスコミは、反発している。

 時を同じくして、米CNNで「猫が猛犬に体当たり、飼い主の子供救う」というニュースが流れ、日本のマスコミも報道した。幼い男の子を襲った犬に飼い猫が体当たりして撃退し、男の子を救ったのだ。現場の防犯カメラがその一部始終をとらえていた。

 この猫の行動は、集団的自衛権と本質的に同じである。猫は、自分に対してではなく、男の子に攻撃した犬を攻撃したのだ。猫を近所の住民、犬を暴漢と置き換えれば、人間社会での「正当防衛」にあたる。

 日本にかぎらず、どの国でも正当防衛は認められている。日本では、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」(刑法36条)と規定されている。ここでのポイントは「他人」が含まれていることだ。

 国際社会では「自己」や「他人」を「自国」「他国」と言い換えて、自衛が語られる。英語でいえば、自衛も正当防衛もまったく同じ言葉(self-defense)である。自国のための自衛を個別的自衛権、他国のための自衛を集団的自衛権といわれるが、両者は一体になって自衛なので、個別的、集団的と分けることは国際社会ではない。

 しばしば、同盟国の軍隊が攻撃を受けているとき、自国が攻撃されたとみなして個別的自衛権で対応できるので、集団的自衛権は不要という人がいる。

 一見もっともらしいが、国際社会では通じない。というのは、正当防衛でも、「他人」の権利侵害を防ぐために行う行為を、「自己」の権利侵害とみなすと、定義するからだ。もし集団的自衛権を認めないといえば、「私は自分の身しか守らない。隣で女性が暴漢に襲われていようと、見て見ぬふりをして放置します」と天下に宣言しているのと同じになる。

 いくら自分勝手な人間でも、世間の手前、このような発言は表立っては控えるのが節度であろう。戦後の日本政府は、その態度を海外に示し続けていたと思うと、日本国憲法前文にある「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」を恥ずかしく思う。

 また、前文で「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とも書かれている。個別的自衛権のみを主張するのは、この理念からも反している。

 日本と似たような戦争否認規定を持つ憲法は、韓国、フィリピン、ドイツ、イタリアなどであるが、いずれの国でも集団的自衛権を行使できないなどありえない。「巻き込まれ論」ばかりの日本は、自国が助けられても他国を助けないエゴの国といわれてしまい、それが、かえって日本の安全保障を損なってしまうだろう。


長崎県対馬にある神社の絵馬に落書きをする韓国人が増えているらしい。全く中韓の民度には呆れるばかり。何が儒教の国だ、と言いたい。絵馬には 「日本人は海に沈め」「地震起きて死ね」「対馬は我が領土」などと落書きしているという。対馬市は今年、仏像問題で昨年中止した朝鮮通信使行列(毎年8月に開かれる日韓交流イベント)を再開することに決めましたが、そのようなお人好しなことをやっているからなめられる。日韓交流などするべきではない。

朝鮮通信使より一部抜粋

1429年、日本に来た朴端生は、「日本の農人、水車の設けあり」として、学生の金慎に「造車の法」を精査させて模型を作り、鍍銀(銀メッキ)、造紙(紙漉)、朱紅、軽粉などの製造法を祖国に報告している。日本の貨幣経済の実態や、店舗商業の発展等にも及んだが、その中で技術にまで言及していたのは、渡航前に世宗から「倭の紙、堅籾、造作の法また宜しく伝習すべし」と、日本の技術を導入するように命じられていたからである。水車はその百年以上も前に、「徒然草」(第五十一段)に記されており、当時には農民達の手で取り付けられていた事を考えると、日本と朝鮮の間には相当の技術格差があったのではないかと考えられる。
朝鮮はまだ物々交換の時代で、貨幣や商いを知らなかったので、15世紀の朝鮮通信使は日本の乞食は銭を乞うと驚きをもって記録している。

日本国内の朝鮮人捕虜のうち、儒家はほとんどが帰国した一方、陶工の多くが日本に留まったとされる。これは当時の日本社会が技術を持った職人を高く評価していたのに比べ、李氏朝鮮では儒教思想による身分制において陶工は最下層の賤民に位置づけられ、奴隷的な労働を強いられるとともに、失策を犯した場合には体罰を課せられるという過酷な状況にあり、職人に対する根源的な差別があったことが原因である。

当時の朝鮮通信使が書いた『日東壮遊歌』等の道中記に、進んだ文化と社会体制を営んでいる日本への嫉妬と羨望が描写されていたり、当時の日本の社会や文化の発展の様子を鑑みれば、韓国の歴史教科書の記述は史実と相当の相違があるといえる。 また、日本の学者等によって、上述のような韓国の歴史教科書の歴史的事実を誇張・歪曲した「文化先進国の朝鮮と文化劣等国の日本」という自民族優越主義的な記述が、韓国社会に蔓延する「韓国起源説」の温床になっていると批判されている。また、韓国人や在日韓国人が四天王寺ワッソ等の朝鮮通信使を再現するパレードを日本各地で主催する行為には、「歴史的な文化先進国の朝鮮と文化劣等国の日本」という歴史認識を日本に広める意図が込められていると指摘する識者もいる。

文化の違いや日本人に対する侮りから、通信使一行の中には、屋内の壁に鼻水や唾を吐いたり小便を階段でする、酒を飲みすぎたり門や柱を掘り出す、席や屏風を割る、馬を走らせて死に至らしめる、供された食事に難癖をつける、夜具や食器を盗む、日本人下女を孕ませる、 魚なら大きいものを、野菜ならば季節外れのものを要求したり、予定外の行動を希望して拒絶した随行の対馬藩の者に唾を吐きかけたりといった乱暴狼藉を働くものもあった。警護に当たる対馬藩士が侮辱を受けることはしばしばあり、1764年(宝暦14年)には大阪の客館で、対馬藩の通詞・鈴木伝蔵が杖で打ち据えられ、通信使一行の都訓導・崔天崇を夜中に槍を使って刺殺するという事件まで起こっている。これは朝鮮の下級役人が鏡を紛失したと聞いた崔天崇が「日本人は盗みが上手い。」と言ったのを鈴木伝蔵が聞きとがめ、かねてよりの朝鮮人の窃盗行為を非難したのが発端であった。江戸時代後期の儒学者菅茶山は「朝鮮より礼儀なるはなしと書中に見えたれど、今時の朝鮮人威儀なき事甚し。」と、朝鮮人が伝聞とは異なり無作法なことに驚いている。

朝鮮で後に飢饉を救ったサツマイモ(宝暦度 1764年(宝暦14年))や揚水式水車など、日本から相応の文物を持ち帰っていたようである。特に歴代の朝鮮通信使は日本の揚水式水車に興味を示し、幾度もその構造を絵図面に写して自国に持ち帰ったものの、その後に李氏朝鮮でこの種の水車が用いられたという歴史がないことから実現はしなかったようである。ただしこのような事実は、現在の韓国の歴史認識と背反しているため、韓国側では日本側による捏造・歪曲とされることが多い。またこのような史実を日本側が主張することで、韓国側に反発が起こることも多い。



朝鮮通信使
「ねずさんの ひとりごと」


【正論】筑波大学大学院教授・古田博司 増殖する韓国の「自尊史観」 より一部抜粋
2008/12/17 MSN産経ニュース

ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、ほんとうは顔料がないので民間に色はない。中国の清朝でも日本の江戸時代でも陶磁器に赤絵があるが、朝鮮には白磁しかないのはそのためで、民衆の衣服が白なのも顔料が自給できないからである。民芸研究家による「朝鮮の白は悲哀の色」というのも、今では真っ赤なウソである。上流階級だけは中国で交易する御用商人から色のある布を買っていた。

李朝は清朝や江戸時代と異なり、技術革新を嫌い、低レベルの実物経済で500年もの統治を可能にしたのであり、どこに似ているかといえば、いまの北朝鮮に似ている。

木を曲げる技術がなかったからである。だから李朝には樽(たる)もない。液体を遠方に運ぶことすらできなかった。かつて日本が保護したとき、韓国はそのような国であった。


 

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