駄文・散文帳
2013年05月14日 (火) | 編集 |


『ワシントン・ポスト』など外国主要メディアの安倍首相批判、ここが大間違いだ!
2013年5月13日 田原総一朗 公式ブログ 

ゴールデンウィークは終わったが、 依然として安倍政権の好調は続いている。 安倍晋三首相はロシアに続き、 中東を訪問、大成功に終わった。 経済も、株価は1万4000円を越え、 円安傾向も持続……。 好材料ばかりのようだ。 ただ、その好調の安倍内閣に、 アメリカ、イギリス両国から 鋭い矢が飛んできた。

アメリカの『ワシントン・ポスト』が 4月26日、安倍首相を 強く批判する社説を掲載したのだ。 「侵略の定義は国際的にも定まっていない」 と安倍首相が述べたことについて、 歴史を直視していないと批判、 さらに、経済政策の成果も台なしにしかねない、 という懸念も示している。

イギリスの『フィナンシャル・タイムズ』も 4月29日の社説で批判を展開。 安倍首相の靖国神社への供物奉納、 そして、歴史をめぐる発言に対し、 「支持率の高さを受け、本性をのぞかせた」 と述べ、経済政策に集中すべきだと 苦言を呈しているのだ。

だが僕は、安倍さんの言動はともかく、 両紙の批判は間違っていると考える。長年、僕は日本の近代史を 取材してきた。 その結果、満州事変、日中戦争は 日本の侵略だったという結論に達した。 しかし、太平洋戦争は違う。 太平洋戦争は、「侵略国」である、 イギリス、アメリカなどの連合国、 そして同じく「侵略国」である日本との 闘いだった。 当時、イギリスもアメリカも、そして日本も 植民地を「持てる国」だったのだ。

『ワシントン・ポスト』は、 「あの戦争はアメリカにとって正しい戦争だった」 という前提で安倍さんを批判した。 日本という「悪い国」を、 アメリカをはじめ連合国が やっつけたということなのだろう。 だから敗戦後、日本人は次々に 戦犯として裁かれた。 極東軍事裁判では、 「平和に対する罪」という罪名のもと、 A級戦犯が処刑された。

これもまた間違っている、 と僕は考えている。 そんな罪は、太平洋戦争の 前まではなかった。 連合国側が「平和に対する罪」を作り、 そして過去にさかのぼって、 日本を裁いたのだ。 今でいえば「事後法」で、 そんな裁きは到底、許されることではない。だが、その裁判の結果を 日本は受け入れた。 受け入れたことで日本は、 1951年、独立を認められる。 敗戦した国は弱いのだ。

しかし、独立後60年が過ぎた。 日本人の手で、あの戦争を ちゃんと総括すべき時期が 来ているのではないか。 このままでは『ワシントンポスト』に いいように書かれてしまい、 反論すらできないのだ。


安倍さんは憲法改正をぶち上げた。 そのため、日本中で憲法に対する議論が かつてないほど盛り上がっている。 今こそ、憲法とともに あの戦争のことを考える時だろう。 そして、あの戦争を総括する 絶好のチャンスだと僕は思うのだ。



この「田原総一朗氏の主張が日本の国益に沿うとは到底思えない」と言うのが木走正水(きばしりまさみず)氏です。


田原総一朗氏の主張が日本の国益に沿うとは到底思えないより抜粋
2013-05-13 木走日記

この国の言論界に影響力を持つ著名ジャーナリストのお1人・田原総一朗氏ともあろう人が、戦後日本が受け入れて独立が認められた極東軍事裁判の結果を、そしてここまで60年間曲がりなりにも国際的には平和裏に経済発展してきたことを支えた外交姿勢の中核である対米追従政策を、ここにきてアメリカに逆らいちゃぶ台返しせよとおっしゃるのでしょうか?

 戦後、先達達が敗戦国として焼け野原から数々の苦難を乗り越え、守り発展させて来た敗戦国日本の外交努力を、このタイミングで、アメリカに逆らって完全にひっくり返す。

 本気ですか。

 今の日本にとってこのようなキナ臭いことに優先順位を高めるべきではないし、アメリカと歴史的な価値観を根本から争うようなこと、いまの日本にそのような覚悟も余裕もないわけでしょう。

 安倍政権に強く警告したいです。

 穏健保守を自認する私は、アベノミクスを積極的に支持していますし、領土問題では中国に対しても韓国に対しても日本は妥協せず毅然と対処すべきであると思っています。

 だがしかし、戦後レジームの脱却、そこから帰着する極東軍事裁判結果の評価の見直し、アメリカをはじめ戦勝国を敵に回すような大立ち回りをこのタイミングで目指すとするならば、安倍政権の高支持率は急降下することは必定でありましょう。

 田原総一朗氏に反論しておきます。

 いまの日本には、アメリカと歴史的価値観を争うような覚悟も余裕もありませんし、そのようなことを今アメリカに強く主張することが、日本の国益に沿うとは到底思えません。



田原市の主張は正しいと思いますが、木走氏の言うように「いまの日本には、アメリカと歴史的価値観を争うような覚悟も余裕もありませんし、そのようなことを今アメリカに強く主張することが、日本の国益に沿うとは到底思えません。」というのは現実的で正しい判断かと思います。

確かに、「戦後日本が受け入れて独立が認められた極東軍事裁判の結果を、そしてここまで60年間曲がりなりにも国際的には平和裏に経済発展してきたことを支えた外交姿勢の中核である対米追従政策を、ここにきてアメリカに逆らいちゃぶ台返し」するのは無謀です。敗戦後の日本が国際社会に復帰できた経緯を忘れてはならない。国際的な力関係でサンフランシスコ講和条約の締結という問題を抱え、当時の日本政府が妥協したのはやむを得ない。

しかしながら、太平洋戦争は、戦勝国が正しくて敗戦国が悪いということはない。ちなみに、ベトナム戦争は、明らかに米国と韓国が悪いが、米韓はベトナムに謝罪も損害賠償も払っていない。そのように、我々一般の日本人が主張していくことには意義があります。


― ブレア首相はなぜ逮捕されないのか? ―
武田邦彦(中部大学)

 2006年11月5日。イラクの首都バグダッドの高等法廷でフセイン元大統領に対して判決があり「人道に対する罪」で死刑判決が言い渡された。この判決については世界中で広く報道され、また各地で賛成反対の議論がなされている。

 国際人権団体であるアムネスティ・インターナショナル日本は「この裁判には大きな欠陥があり、不公正であった」とした。その理由として、「裁判は実に杜撰(ずさん)で、国際基準に合致するような公正な裁判を行なう能力があるかについて重大な欠陥があった」と述べている。

 フセイン大統領が1982年に政治的理由からドジャイル村148人の住人を殺害したとされている。このフセイン大統領の判決を直接的ではなく、少し広い視野で考えてみたいと思う。

 イラク新政府のシャンマリ保健相は2003年3月から始まったイラク戦争で死亡したイラク人が15万人に上ると発表した。また英医学誌ランセットは戦争とその後のテロなどで約66万人が死亡したと発表した。またアメリカ軍の死者は3000人弱と言われる。

 このイラク戦争はイラクが大量破壊兵器を保有しているという理由から、アメリカ合衆国、イギリスが主となって国連安保理を無視してイラクに侵攻した戦争である。アメリカとイギリスの主張は最初からおかしかった。

 第一に「大量破壊兵器」というのは、核兵器、生物兵器、化学兵器のことを呼ぶのが普通だが、核爆弾はすでにアメリカが日本の広島と長崎に使っていてその威力がはっきりとわかっている。確かに一度に十万人もの人間を殺すのだから、大量破壊兵器と言える。

 それに対し、化学兵器は第一次世界大戦の時にドイツが使い。その後はほとんど使われていない。フセイン大統領が化学兵器を使用したということもあるが、それではわずかに100人規模の死者が出ているにすぎない。


 大量破壊兵器というのが、「どのくらいの人間や都市を破壊、殺傷したら大量破壊というのか」という点ははっきりしないが、広島長崎の原爆が1発で約10万人、第二次世界大戦の時の連合軍による東京大空襲が最大で1回10万人の犠牲者を出したところから見ると、大量破壊兵器というからには少なくとも数万人の犠牲者が出なければいけないだろう

 アメリカは化学兵器も、また生物兵器も大規模に研究していると考えられるが、イラクのような発展途上国が優れた化学兵器や生物兵器を研究しているというようには思えない。

 また、イラクは原子炉を持っていないし、ウラン濃縮設備を持っていないわけだから、原子爆弾を製造できる能力は無いし、また原爆は運搬手段が必要であるためミサイルが必要だが、それも持ってないことも明らかである。従ってイラクが大量破壊兵器というものを保有していないということはアメリカ軍やイギリス軍がイラクに侵攻する前に既にわかっていたと考えられる。

 しかし両国は、核兵器、生物兵器、化学兵器という具体的な名前を使わずに、大量破壊兵器という曖昧な名称を使い、それとフセイン大統領の独裁的政治とを結びつけたという戦略にすぎないように考えられる

 事実、米英側が勝利宣言を行った後の2004年10月、アメリカが派遣した調査団が「イラクに大量破壊兵器は存在しない」と最終報告を提出した。これによってイラク戦争のアメリカ軍とイギリス軍の侵攻の犯罪性が明らかになった。

 つまりアメリカのブッシュ大統領とイギリスのブレア首相は共謀して、政治的理由からイラクに侵攻することを決意し、虚偽の理由を挙げて軍隊を派遣、約15万人から65万人のイラク人を殺傷したのが事実である。それは本人も世界も認識している。

 この事と自らが暗殺計画に巻き込まれ150人程度のイラク人を殺したフセイン大統領の死刑判決と、あまりに大きな差があると考えられる。

 第二次世界大戦後、東京裁判で日本の指導者が絞首刑になったが、この東京裁判について日本人自身がその正当性を認めている。国際的な力関係でサンフランシスコ講和条約の締結という問題を抱え、当時の日本政府が妥協したのはやむを得ない。

 しかしそれから50年を経て、日本人が冷静にこの東京裁判というものを考えることができる今になっても、多くの人たちが東京裁判の正当性を認めていることに疑問を感じる。

 目の前にイラクのフセイン大統領の死刑判決があり、アメリカのブッシュ大統領やイギリスのブレア首相が逮捕されていないということについて、ブッシュ大統領ブレア首相の犯罪性については指摘されていないのだから奇妙である。

 人間は動物の一種なので「暴力が正義」という感覚があり、昔から「勝てば官軍」という言葉もある。力を持っているものは正しく弱い者は間違っているという本能が強い。

 しかし、人間の頭脳が発達し、これほどの文明を構築したのだから暴力が正義であるということを変えられないのだろうか? 私たちはこの辺で「暴力が正義」という不文律を考え直した方が良い。

 それにはフセイン大統領の死刑判決とブレア首相が、なぜ逮捕されずに政治活動を行っているのかという現実を少し考えてみたい。



正しい歴史認識第六回 朝鮮半島の歴史
武田邦彦(中部大学)

正しい歴史認識には、正しい歴史の事実を知ることでしょう。そして日本にとっては、今問題になっている明治の初めの日本と朝鮮半島、それにロシアの関係がもっとも重要です。

明治の時代の朝鮮がもう少し国としての力があれば、かなり歴史は違っただろう。

ロシアが満州に来ても、それは日本の脅威ではなく朝鮮の脅威のはずだった。でも朝鮮は実体的には「自衛する国家」ではなかった。


そこに「正しい歴史認識」の問題がある。

  

 

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