駄文・散文帳
2012年04月07日 (土) | 編集 |
3日参院予算委員会で、佐藤正久議員(自民党)の質問に対して田中直樹防衛大臣が、

「あ~、もしもし…」

と言って大爆笑となった。毎回、官僚が答弁書を書いて田中大臣に渡すのを常としていたわけですが、つまり答弁書を読み上げるだけであった田中大臣。答弁書の中の「もしも、・・・」という部分を言い間違えて「もしもし、・・・」と言ってしまったようです。「電話じゃないよ!」というヤジが飛び、佐藤議員が笑いすぎて次の質問ができない事態。北朝鮮による長距離弾道ミサイル発射実験とみられる「衛星」打ち上げについて質問を受けた際の答弁で、爆笑を誘うことになるとは不謹慎極まりない。
田中防衛大臣 あーもしもし - YouTube

中国人のブログなどで、「日本は民度が高いから、誰が総理大臣になっても防衛大臣になっても大丈夫な国だ。中国のように強力な政府を必用としていない」と揶揄されていますが、そんなことはない。民主党政権になって、国益を大きく損ねていることは誰もが感じています。何よりトップが無能な人ばかり。

東日本大震災時の首相が、よりによって菅直人氏だったことも国民にとって非常に不幸なことでしたが、国会の東京電力福島第1原発事故調査委員会は、事故当時に対応にあたった菅前首相を今月下旬にも参考人招致する方針を固めたそうです。菅さんの詭弁に終始することが予想されますが、やらないよりはマシかもしれませんね。


菅前首相を参考人招致 下旬にも国会事故調
産経新聞 4月6日

 国会の東京電力福島第1原発事故調査委員会(委員長・黒川清元日本学術会議会長)は5日、事故当時に対応にあたった菅直人前首相を今月下旬にも参考人招致する方針を固めた。前首相の指示が被害拡大を招いた面はなかったのか、真相究明には本人への事情聴取が不可欠と判断した。

[フォト]「幹部は死んだっていい」菅氏発言を東電が記録

 先月28日の事故調では、1号機の海水注入が一時中断した問題で、当時首相官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェローが「『首相への説明が終わっていない段階で(注水は)困る』と第1原発の吉田昌郎所長(当時)に伝えた」と証言した。

 参考人招致では、菅氏のもとに当時どのような情報が集まり、どう指示を出していたのか事情を聴く。

 事故調では、菅氏が東電本店で、当時の清水正孝社長を激しく叱責する様子を録画した映像の分析も進めており、菅氏の対応が事故対応に支障を与えたのか、本人への認識も問う。

 国会事故調は衆参両院が合同で昨年12月に設置した第三者による調査機関。各分野の有識者10人で構成し、政府から独立した立場で調査を進めている。今年6月をめどに報告書をまとめる予定だ。



福島原発でベント遅れたのは首相の思いつき視察のせいだった
2011.05.31 NEWSポストセブン(週刊ポスト2011年6月10日号)

東日本大震災発生直後の3月12日15時半過ぎ、東京電力福島第一原子力発電所1号機の建屋で水素爆発が起きた。菅直人首相は、事前に専門家から大丈夫との説明を受けていたため、この事態に激怒した。しかし水素爆発そのものが、自身の初動ミスで起きたものだ。

 東電は事故から2か月以上経ってから、1~3号炉が炉心溶融を起こしていたという分析結果を発表した。菅首相は「聞いてなかった。知っていて嘘をついていたことはない」というが、それこそ真っ赤な嘘である。

 震災が発生した3月11日の22時、原子力災害対策本部の事務局は、ERSS(緊急時対策支援システム)を稼働させて福島原発の事故進展予測を行ない、メルトダウンを明確に予測し、その情報は官邸にも報告されていた。

 ERSSとは全国の原発の原子炉の圧力、温度などのプラント情報をリアルタイムで把握し、事故が起きればその後の進展を予測して、炉心溶融などに至る時間や放射性物質の放出量をはじき出すシステムだ。

 保安院の資料によると、予測は原子炉の冷却水の水位などプラント情報が比較的失われなかった2号機を中心として行なわれた。

 2号機は地震発生の11日14時47分に緊急停止し、20時30分に原子炉への注水機能が喪失。そして22時のERSS予測にはこう記されていた。

〈22:50 炉心露出
 23:50 燃料被覆管破損
 24:50 燃料溶融
 27:20 原子炉格納容器設計最高圧到達。原子炉格納容器ベントにより放射性物質の放出〉

 燃料溶融も、原子炉格納容器の弁を開けて放射性物質を含む蒸気を排出するベントをしなければ格納容器が設計最高圧を超えて危険な状態になることも官邸に伝えられていたのである。原子力災害対策本部事務局は、この2号機の予測をもとに、1号機と3号機の事故進展予測も行なっていた。

 これだけ重要で正確な情報があったのだから、その日のうちに避難地域を拡大させなければならなかったことはいうまでもない。

 それ以上に罪が重いのは、このERSS予測が、その後も公表されなかった理由だ。それがあれば住民の被曝は最小限にとどめられたはずなのだ。

 この予測が隠されたのは、ベントが遅れた理由が、菅氏の“思いつき視察”だったことを明白に示すからではなかったか。

 緊急停止した原子炉のうち、真っ先に非常用電源が止まって危機に陥ったのは1号機だった。そこで原子力災害対策本部は、ERSS予測通りに12日の「3時半」に1号機のベントを実施する計画を立てた。

 それを物語る資料がある。同日未明の1時12分、同対策本部は気象情報をもとに放射性物質の拡散予測を行なう文科省のSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)に、「3時半放出開始」という条件で、1号機のベントによる放射能拡散を予測させた。

 この時の試算図では、風は海に向かい、内陸部に放射性物質は拡散しないという結果を弾き出した。すなわち、被害を最小限に抑えるタイミングであることを示していた。

 それを妨害したのが「視察に行く」と言い出した菅首相だった。

 当時、首相官邸のオペレーションルームには警察、防衛、国交など各省庁から集められた課長補佐クラスが詰め、首相の原発視察の調整を行なっていた。そこに原子力災害対策本部の事務局からSPEEDI試算図がファックス送信された。

「オペレーションルームでコピーは回覧された。ベントを予定通りに行なえば、総理を被曝させることになる。行かなければ、絶好のタイミングでベントできる。視察を中止すべきだという慎重論も出たが、結局、総理の意向が優先された」(内閣官房の事務スタッフ)

 ここから官邸はベント延期に動き出した。

 菅首相の原発視察(12日7~8時)は、3時過ぎから開かれた枝野氏の記者会見で発表された。それと同時に、ベントの予定時間が変更された。

 証拠がある。枝野会見後の3時53分、原子力災害対策本部事務局はSPEEDIを運用する文科省に、1号機のベント実施時間を「12時(正午)放出開始」へと遅らせて試算し直させていた図が存在するのだ。正午とは、首相が視察を終えて官邸に戻った直後だ。この延期は首相を被曝させないためだとしか合理的に説明できない。

 だからこそ、枝野官房長官はSPEEDIの1時12分に作成された「3時30分からベントした場合の試算図」が官邸に送られていたことが発覚すると、「私も総理も見ていない」(5月20日の記者会見)と言い張って責任逃れしようと躍起になったのだろう。

   

 

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