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被災者のみなさまへ

地震災害に遭われたみなさまに心よりお見舞いを申し上げます。
また、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
早期の復旧をお祈りしてやみません。

柏崎市は、拉致被害者だった蓮池さんの地元でもありますね。

その時、私は壁にもたれて家族と会話中でした(千葉県北西部)。
めまいが起きたのかと思っていたら、
みんなが、「地震?」と・・・。
ゆ〜ら、ゆ〜らと長く揺れていました。
あとで、この辺は震度3だと分かりましたが、
いつものようにガタガタと音の出る細かい揺れ方ではありませんでした。

200km離れた東京で、震源から1分後に地震波が到達し、
4分ほど揺れたそうです(震度3)。
これは、平野を厚く覆う柔らかい堆積層において、
揺れが何倍にも強く増幅され、そして
表面波とよばれる周期の長い地震動(長周期地震動)の生成したため。
同様の現象は、大阪、富山などの平野でも確認。
これまでに2004年新潟県中越地震や、2004年紀伊半島南東沖の地震などのM7クラスの大地震が起きると、いつも東京都心や湾岸地帯において
同様の強い長周期地震動が観測されているそうです。

選挙応援のため、長崎市を訪れていた安倍首相は、市内の遊説先で
「先ほど、新潟で震度6強の大きな地震があった。対策のため、これから
すぐに東京に戻らなければならない」と述べ、
約1分30秒で街頭演説を切り上げて長崎空港に向かったそうです。
選挙向けのパフォーマンスと受け取られる可能性はあったと思いますが、
それも覚悟の上での行動だったのでしょうし、
現地には原子力施設もあり、変圧器の火災を重くみたのでしょう。


産経新聞記者ブログより抜粋

現地には、安倍首相に先立ち、溝手防災担当相も陸自の輸送へり(CH47)で入っています。これは正式な政府調査団で、内閣府、警察庁、国土交通省、内閣官房、防衛省、厚生労働省、総務省、消防庁、文部科学省、農林水産省、気象庁、海上保安庁、国土地理院、原子力安全・保安員、環境省の担当官も同行しています。



今回は、首相の迅速な対応が報じられましたが、
阪神淡路大震災(1995年1月17日)の時には、
官邸をはじめとする政府、国の機関も被害地域の惨状を把握するのに
テレビ・ラジオが最大の情報源であったため、
村山富市総理大臣(日本社会党)らの対応が後手に回りました。
なぜ自衛隊派遣が遅れたのかを衆議院本会議において問われ、
「なにぶんにも初めてのことですので」と答弁。
政府の対応が遅いと批判され、内閣支持率の急落につながりました。

その2年前の北海道南西沖地震では、
発生18分後に最大の被災地である奥尻島との連絡がとれないまま、
北海道庁は自衛隊に派遣要請を行い、多くの人命救助を果たしました。

のちに、社民党阿部知子議員は、阪神淡路大震災を振り返って
「国民を災害から守ることを任務とされているはずの自衛隊が、国による
命令を受けて救援に向ったのは、数日を経て後のことであった。」
と村山首相を庇い、自衛隊に責任転嫁。

石原慎太郎・東京都知事は
「神戸の地震の時なんかは、(自衛隊の派遣を要請する)首長の
判断が遅かったから、2千人余計になくなった」
と発言し、地方公共団体の対応の遅れを指摘。

ちなみに、大正12年(1923)9月1日に発生した関東大震災の時の首相は、
空位だったそうです。海軍出身の加藤友三郎氏が、
震災直前の8月24日までは第21代の首相でした。
ところが病死してしまい、急拠、内田康哉外相が兼任しています。


画像提供:隣のぷうさん
お父さんしているクロちゃんと、あさりちゃん&サザエちゃん
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タグ : 新潟県中越沖地震 安倍首相 自衛隊 村山富市 社民党 石原慎太郎 阿部知子 関東大震災 北海道南西沖地震

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