大化の改新の変で
中大兄皇子(後の
天智天皇)らに滅ぼされた
飛鳥時代の
大豪族、蘇我氏の邸宅があったとされる奈良県明日香村の
甘樫丘東麓(あまかしのおか・とうろく)遺跡で、
7世紀前半の大規模な石垣と塀の跡が見つかったと、
奈良文化財研究所が1日、発表しました。
大陸に情報ルートを持っていた蘇我氏が強大な権力を背景に、
軍備の増強を進めていた様子がうかがえるようです。
6世紀まで中国大陸は四分五裂の状態であった時期が長かったですね。
ところが、
7世紀初頭には隋・
唐という大陸を統一する大帝国が成立しました。
日本では、この衝撃のために
大化改新が成立し、それまで多分に
部族国家の域をあまり出ることのない状態だった日本が、表面ながらも
中国式国家(律令体制)の体裁をとり、天皇の位置が確率しました。
この時期から統一日本の歴史が始まると言っても良いのでしょう。
この急速な統一形式の成立は、
海を隔てた中国からの圧力を敏感に感じたためだったんですね。
大陸に統一帝国が出来るということは、近隣の国々にとってこんなにも
衝撃の走ることだったんですね〜
地続きの
朝鮮半島では、事情はもっと深刻でした。
唐と手を結んだ新羅が、百済と高句麗をを滅ぼし、半島を統一。
唐は、高句麗(平壌=ピョンヤン)を直轄領としました。
ベトナムでは、
唐は今のハノイを直轄領としました。
こうして
唐は、右足でピョンヤンをつかみ、左足でハノイをつかんで、
大きく翼を広げた形になるのでした。
画像提供&解説:のんきなT君

ハノイの南方約150m程にあるタムロック渓谷。
ここにも石灰岩の奇岩が林立した場所があり、「陸のハロン」と呼ばれています。
水面に小さく見える舟は2〜3人乗りの手漕ぎ舟。
この舟に乗って1時間20分の奇岩めぐり、
時間の流れが止まったようなゆったりとしたひと時でした。

タムコック、遊覧ボートの船頭さん。小生の乗った手漕ぎボートの船頭さんです。
75歳のお爺さんだそうだが、現役バリバリ。
立派な白髭で故ホ・チ・ミン首相みたい。優々と漕いでくれました。
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タグ : 朝鮮半島 大化改新 蘇我入鹿 唐 中大兄皇子 天智天皇 飛鳥時代 甘樫丘東麓